第24話 シス・ペイロス遠征 1章 集結 1

 寒さが緩み始めるころに、ダングラール伯爵領にサヴィニアーノに率いられた親衛隊二千二百、ファルキウスに率いられたマギオの民三百五十が集まった。雑用のための小者を加えればシス・ペイロスにわたる人数は三千になる。ダングラール伯爵領を集合地に決めたのは、昨年の怪物騒ぎで荒廃した領へ金を落とすことだけが目的なのではなく、オービ川を渡るのに最も好都合な場所でもあるからだ。川幅は広いが流れが緩やかで両岸に広い河原がある。底の浅い船で乗り上げればすぐに上陸でき、船を引き上げて置いておく場所にも事欠かない。



 タギのところへ集合場所と日時を知らせに来たのは、レリアンに駐在するマギオの民の一人だった。


「アティウスはどうした?」


 不審な気持ちを隠しもせずに尋ねたタギに


「冬の間は暖かいところへ行くと仰ってました。それ以上のことは私にはわかりません」


 知らせに来たマギオの民は全く表情を変えず、台本を読むように答えた。


「シレーヌとクリオスは?」

「アティウス様と一緒です」


 納得できる答えではなかった。感情のうかがえないマギオの民を冷たい目で観察しながら、アティウスが来ない理由を考えた。しかしマギオの民の内情などタギには分からない。向こうで合流する気なのか、それでもランのことを考えるとシレーヌくらいは迎えによこすと思っていたのに、とその時はそう思っただけだった。


 出発は三日後だった。それに合わせてヤードローを迎えに行って、よそよそしいながらも一定距離以上は離れないロンディウス達マギオの民と、ダングラール伯爵領まで同道した。マギオの民のレリアンの根拠地は空になったようだった。



 ダングラール伯爵領はごった返していた。シス・ペイロスに渡るセシエ公の手勢三千だけでなく、怪物や蛮族に破壊されたダングランを再建するための物資や人も集まっていたからだ。セシエ公は冬の間精力的に働いて、被害を受けた町や村の再建計画を立てていた。特にダングラール伯爵領は人の被害も大きく、重点域になっていた。これはダングラール伯爵に対する懐柔策というだけでなく、王国の人々にセシエ公が味方に対してどれほど手厚いかを示すためもあった。


 ダングランは大規模に修復中で大人数を街中に滞在させる余裕はなく、セシエ公の手勢は河原に近い草地に陣を敷いていた。規則的に幕舎の並んだ陣地は簡単な木の柵で囲われていた。出入りを制限するためというより、陣地の境界を示すためだけの柵だった。

 入り口には歩哨が立っており、ロンディウス達はマギオの民に割り当てられた幕舎に行くように指示されたが、タギには別の幕舎が割り当てられていた。


 セシエ公とセルフィオーナ王女がダングランに来たのはその翌日であった。ダングラール伯爵が、滞在用の館を蛮族たちに荒らされなかった領の外れに用意したが、すぐにシス・ペイロスに入るからと断って、セシエ公は陣の中の幕舎に入った。セルフィオーナ王女の一行もセシエ公に倣った。


「名目だけでも司令官ですものね。それらしく出来るところではそれらしくしなければ。私だけ屋内でふかふかのベッドだなんて野戦司令官にふさわしくないわ」


 王女がやや皮肉っぽい口調でそう言った。

 ひときわ豪華で大きな幕舎が二張り、陣の真ん中に近いところに、物資の集積所を挟んで互いに少し離れて用意されていた。その夜、ミランダが連絡に来て、タギとランはセルフィオーナ王女の幕舎に呼ばれた。


「元気そうね、タギ・シェイナ」

「王女殿下にも、お変わりなく」

「ランも元気だった?」

「はい、おかげさまにて」


 礼儀に則って膝をついて挨拶した二人に対して、王女の方から声をかけた。王女の傍らにサンディーヌとミランダが控え、後ろに完全武装の女騎士が二人立っていた。王女も二人の侍女も動きやすいズボン姿だった。爵位も持たない平民が直接に王女と言葉を交わすのは異例だったが、誰も何も言わなかった。


 ―女騎士が護衛につくのか、二人ともかなりの腕だが、ミランダの方が上だな―


 タギの見立てだった。セルフィオーナ王女が言葉を続けた。


「明日からオービ川を渡り始めるということよ。対岸にベースを置いて、補給基地にするための整備をするのに三日ほどかかる予定だから、私たちが渡河するのは四日後になるわ」


 そんなものだろう、とタギは思った。セシエ公は常に補給を重視した戦い方をする。主武器が鉄砲なのだから、刀槍を主力にした軍よりも補給が重要になるし、食料、馬糧、被服などに関しても現地調達などしないのが原則だった。陣の中にも軽武装の小者をたくさん見た。あの小者たちが兵站を担当するのだろう。荷車も、それを引かせるための頑丈な馬も多かった。あれらを渡河させるにはかなりの時間を要する。それを三日でと言っている、セシエ公の軍がいかに訓練されているかということを示していた。


「それで、ランのことなのだけれど」


 王女がタギとランを順に見ながら言った。


「向こうに渡ってから私の侍女が増えるのは不自然だから、今から私の下に来た方がいいと思うのだけれど」


 王女の言葉にタギとランは互いの顔を見合わせた。それからタギが頷いた。


「そうですね、その方がいいかもしれません」

「決まりね、サンディーヌ、ランのことをお願いね。いろいろ教えてあげて」


 あらかじめ言い含められていたのだろう、サンディーヌは驚きもせず、承知した徴に軽く頭を下げた。








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