第15話 バルダッシュ攻防 2章 動員 1

 通算で二回目の戦いもセシエ公の軍の惨敗だった。総指揮官のファッロが戦死し、中級、下級の指揮官クラスの将校も、一般の兵士のように簡単に逃げ出すわけにも行かず、踏みとどまって戦おうとしたため、その多くが戦死していた。しかし、一方的な戦いといっても包囲されていたわけではなく、しかもフリンギテ族の方が数が少なかったため、ファッロの率いた親衛隊四千のうち、二千人以上の兵士達は逃げることに成功していた。重い武器や防具を捨て、できるだけ身軽になって走ったのだ。植え付けられた恐怖心を何とかしないと、武器を補給してやったとしても彼らはもはや兵士としては使い物にならなくなっていた。

 報告を受けたセシエ公は、アルヴォン山塊の中心地、ニアを押さえているサヴィニアーノを呼び戻した。アザニア盆地が手薄になるがやむを得なかった。ランドベリが危ないときにアルヴォンを後回しにするのは当然で、一度決めるとセシエ公は迷わなかった。

 バルダッシュの戦いの七日後には、サヴィニアーノはランドベリに戻ってきた。数人の幹部を連れてきただけだった。彼の部下のほとんどは、長きにわたったアルヴォン山塊駐留をあきらめて引き上げる準備に忙殺されていた。ニアは放棄し、南カンディア街道のカンガとバラシドゥーに最低限の守備兵をおくだけにすると命令しての帰還だった。

 サヴィニアーノの帰還を受けてセシエ公は会議を開いた。会議は最初から沈鬱な雰囲気に包まれた。セシエ公の常備軍である親衛隊四隊のうち、二隊をその指揮官ごと失った後の会議だった。

 会議室の大きな一枚板のテーブルを前にして、セシエ公だけが椅子に座っていた。背もたれの高い、しかし肘掛けのない椅子だった。他の出席者、サヴィニアーノ、サヴィニアーノが率いる親衛隊の幹部で、サヴィニアーノがランドベリに連れてきたザナガン、アグマッシュの二人、テカムセ、ウルバヌスは立っていた。


「キニコスは連れてこなかったのだな?」


 セシエ公がサヴィニアーノに訊いた。キニコスはサヴィニアーノの副官で有能な男だったが、軍事面での有能さより、行政面での有能さをセシエ公は買っていた。


「ニアを引き上げる準備をさせなければならなかったものですから」


 本当にニアを引き上げるのかと、ザナガン、アグマッシュの二人は思っていた。ニアを保つためにどれほど苦労してきたか、しばしば侵入してくるアルヴォンの山人やまびとをその度に撃退し、ニアの町の住民の不服従に手を焼いてきたのだ。それをこんなに簡単に(と二人は思っていた)あきらめるのは納得いかなかった。

 しかし、二人の密かな期待に反して、セシエ公はニアを放棄することを既に決めていた。


「サヴィニアーノ、キニコスにアルヴォンの山人と交渉させろ、ニアは放棄する」


 ニアを占領して、まだセシエ公の支配下に入ってない、王国の東西の連絡を絶つという当初の目的は、ニアを通らない裏道があることで達成されてなかった。それにニアを占領した頃よりセシエ公の勢力は拡大しており、東西の連絡があっても大きな影響はないようになっていた。それでもニアの占領を続けていたのはセシエ公がこれまで支配下に置いた土地を手放したことがなく、その先例になりたくないという、サヴィニアーノとその幕僚達の思いが強かったからだ。セシエ公もあえて引き上げの命令を出していなかった。まだ戦力に余裕があったからだ。


「南カンディア街道のカンガとバラシドゥは残すのだ」


 南カンディア街道とそれに沿う二つの町はセシエ公の勢力範囲になってずいぶんと整備された。カンガ、バラシドゥにはセシエ公の代官の館が出来ている。町の人々の気質もアルヴォンの山奥の山人達と違って、セシエ公の支配に余り抵抗がなかった。


「カンガを拠点に、山人達との交易を大きくしろ。交易所を整備して、関税は無しでも良い。それを条件にまとめるようにキニコスに伝えろ」


 山人達の交易品は木工細工の品々、紙、毛皮などで特に紙は上質のものを作っていた。セシエ公にはアルヴォンを自領にする意思は最初からなかった。山人は貧しくて頑固で、統治するのに苦労ばかり多くなるのが目に見えていた。王国を再統一したあかつきには自治を認めて手放すつもりだったから、今手放しても構わなかった。サヴィニアーノが了解した印に頭を下げた。


「ラディエヌス、ファッロの隊の生き残りはもう使い物にならない。すっかりおびえている。アラクノイや、巨大獣、翼獣の影を見ただけで腰が引けて、ふるえ出すだろう」


 セシエ公は単刀直入に切り出した。ザナガン、アグマッシュはセシエ公の言葉に目を見張った。サヴィニアーノは表情も変えなかった。自分たちの見通しが甘かったことを二人は思い知らされた。同時に自分たちに与えられる情報と、サヴィニアーノに与えられる情報に差があることも改めて思い知らされた。

 

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