第12話 撤退 2章 翼獣・巨大獣 6
「行こう!」
タギが四人を促した。またヤンがウルバヌスに言った。
「私は残ります。二人も乗ったら馬が保ちません。結局は追いつかれてウルバヌス様もやられます!」
ヤンの乗っていた馬は前足を折っていた。もう走ることはできない。
「いいから乗れ!馬がバテたら走ればいい!」
ウルバヌスがそう言いつのったがヤンのほうが正しい、二人とも逃げようとすれば二人ともやられる可能性のほうが高い。二人が言い争っているのを聞いて、タギは次の行動の方針を決めた。アティウスに向かって、
「アティウス、私はここで別れる。借りていた馬を返そう」
「・・・?」
アティウスが不審そうな顔をした。タギが説明した。
「私はマギオの民の里までは行けない。いずれ別れなければならないんだから、ここで別れよう。そうすればヤンが私の乗っていた馬を使うことができる」
アティウスが納得した。里がどこにあるかタギに教えるわけにはいかないのだ。いずれ別れなければならないとしたら、今別れてもいい理屈だし、それで馬を返してくれるなら、ヤンにその馬をあてがうことができる。自分たちと別れてもタギはアラクノイを狙うのを止めたりはしないだろう。その意味では共同戦線は続くことになる。
「そうですね、確かに。しかしここで馬を捨ててもいいんですか?」
「もともと私は馬などなしで動く方が多いんだ」
それに騎乗でないほうが目立たない。ここでタギ一人が別れて気配を消せば、アラクノイと巨大獣、翼獣はマギオの民のほうを追いかけていくだろう。タギとアティウスが話している内容に気づいて、ウルバヌスとヤンが二人の方を見ていた。
「じゃあ、そうさせて貰いましょう。そうすればヤンを連れて帰れる。あのままじゃ絶対にウルバヌスの馬に同乗しないでしょうから」
アティウスはタギに背を向け、ウルバヌスとヤンに合図して、馬を留めてある方へ歩き出した。ウルバヌスがヤンに肩を貸した。タギはその背中をしばらく見ていたが、アティウスの背中から声を掛けた。
「アティウス、巨大獣や、翼獣はどうでもいい。所詮は使役獣だ。アラクノイを狙え。町の中に引きずり込むんだ。建物に邪魔されて、長射程が取れない。武器の、特に飛び道具の性能が劣っても町中の戦いなら、そのハンデを少なくできる。高い建物や屋根に潜んで、巨大獣の背に乗っているアラクノイを狙え!」
市街戦は味方にとっても損害が大きい。非戦闘員を否応なく巻き込む。住民の財産を破壊する。それでも、それしかなかった。どんな犠牲を払っても“敵”は倒さなければならない。自分一人でできないなら、同じ側で戦う勢力には正しい情報を渡さなければならない。開けた場所で戦えば鉄砲とレーザー銃の射程の差を埋めることは難しい。隠れる場所が多い市街地なら、その差を埋め合わせることができる。タギが教えられた知識でも市街戦は戦車の墓場になるという。巨大獣を戦車とみなすなら町の中に引きずり込んで葬るのだ。どんな風に告げるかさんざん迷ったあげくの忠告だった。
「よく分かりましたよ!」
アティウスはタギを振り返って手を振った。馬に乗った四人のマギオの民が遠ざかっていった。
タギは荷を背負って、西に向かってその場を離れた。岩陰づたいに、上空から見られないように注意しながらできるだけ速く動いた。はるか彼方に上空を舞う翼獣が見えた。これだけの距離があればまず自分の動きは気づかれてはいないだろう、タギにはその自信があった。それにここから駈け去る騎乗の人間がいるのだから、やつらの注意はそっちへ行っているはずだ。
四百ヴィドゥー離れて、荷を置き、岩陰に身を伏せた。双眼鏡を取りだして覗いた。双眼鏡の視野の中に一匹の巨大獣が見えた。かなり遠い、二里はあるだろう。人が歩く程度の速さで近づいてきていた。タギに感覚柄を潰された比較的小柄な巨大獣は、今はおとなしくなって他の一匹が近づいてくるのを待っている。半刻ほどしてから二匹は再び合流して、感覚柄をつぶされた巨大獣の背中にアラクノイが乗った。アラクノイに指示されてその巨大獣も動き始めた。そうだった。感覚柄をつぶされても巨大獣は“敵”の指示を受けることができるのだった。アラクノイがいればつぶされた感覚柄の代わりになる。
二匹の巨大獣の背中に乗った翼獣と地上を歩いている翼獣が併せて十匹、空を舞っている翼獣が一匹、そしてアラクノイが十九匹、巨大獣の背や翼獣の背に乗っている。翼獣にも一匹乗っているはずだから、アラクノイは全部で二十匹、とタギは数えた。十九匹のアラクノイは全員腰にレーザー銃を吊っている。向こうの世界で“敵”が使っていた大口径のレーザー砲が、二匹の中で大きな方の巨大獣の背に据え付けられていた。レーザー砲は少し厄介だ、ハンドレーザーよりはるかに射程が長く、威力も大きい。なんとかして早めにつぶしておく必要があるだろう。
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