第12話 撤退 2章 翼獣・巨大獣 5

 もっともな言い分だった。巨大獣は馬より少し速く走れるようで、先頭の一匹は一行から一里あまりに迫っていた。巨大獣の間でもスピードには差があって、大きな方の一匹はかなり遅れていた。五騎に増えた男達は再び懸命に馬を駆けさせ始めた。

 陽がだんだんと高くなっていった。でこぼこの平原に長く引いていた陰が短くなっていく。全速で走らせている馬がばて始めた。しかしそのときには追跡してくる巨大獣は小さな方の一匹だけになっていた。身が軽い分他の一匹より長く走れるようだった。上空に翼獣が一匹付いていた。その巨大獣のスピードも落ちかけていたが、まだしぶとく追いかけてくる。馬と巨大獣のスタミナの勝負だった。ばてていても馬を走らせるよりなかった。つぶれても仕方がない、そう覚悟して駆けさせた。

 ヤンが乗った馬が石に躓いた。乗り手も馬も疲労していたため、上手く避けることができなかった。前足を折った馬からヤンが投げ出された。それに気づいてウルバヌスが馬を止めた。ヤンのところへ駆け戻った。馬から下りて地面に横たわったヤンを抱き起こした。


「ヤン!大丈夫か?」

「ウルバヌス様!」


 ヤンはすぐに意識を取り戻した。起きあがろうとして、悲鳴を上げて倒れ込んだ。右足が不自然な角度に折れ曲がっていた。


「ヤン、来い!俺の馬に乗せてやる!」

「駄目です、ウルバヌス様!先に行ってください。私はここに残ります!」


 ヤンは剣を抜いて、それを支えにして起きあがった。ウルバヌスがさらに命じた。


「来るのだ、ヤン!」


 ヤンは聞かなかった。


「行ってください!」


 ウルバヌスに背を向けると剣を構えて巨大獣が駆け寄ってくるほうへ向き直った。片足で不安定に剣を構えたヤンに向かって巨大獣から奇妙なものが伸びてきた。黒い紐のようなそれは、するすると伸びてくるとあっという間にヤンの体に巻き付いた。ヤンは慌てて剣で切ろうとしたが、剣をもった右手ごと拘束されていた。そのまま強い力で引きずられかけたとき、急にその力が消えた。無事な左足で踏ん張ろうとしたヤンが後ろへ転んだ。折れた足で体を支えようとしてヤンはその痛さに悲鳴を上げた。

 ヤンに巻き付いた黒い紐がほどけて地面に落ちた。親指ほどの太さのそれは三ヴィドゥーほどの長さで見事に断ち切られていた。

 気が付くとタギが横に立っていた。ナイフを抜いて身構えている。鈍い光沢のある片刃のナイフだった。ウルバヌスの眼にタギに向かって伸びてくる黒いものが見えた。それと交錯しながらタギがナイフを振るった。ぎんっという音がして、地面に落ちたものがあった。もう一本黒くて細長い紐が地面の上でのたくっていた。それはひとしきりばたばたとのたくったあと、長々と伸びてしまった。表面がつやつやと光っている。ウルバヌスが足先で踏んでみた。固い弾力のある手応えが返ってきた。おそるおそる手を伸ばして拾い上げた。生き物の持つなま暖かさがまだ残っていた。

 タギがまたハンドレーザーを抜いていた。二百ヴィドゥーの距離に巨大獣が一匹迫っていた。タギのハンドレーザーが続け様に何回も光った。レーザーの光条は巨大獣の頭部めがけて奔った。あっという間に頭部の上に突き出た感覚柄を全部潰されて、巨大獣が猛り狂った。巨大獣のすぐ上を舞っていた翼獣が慌てて離れた。暴れる巨大獣の背中から四匹のアラクノイが転がり落ちた。同時に二匹の翼獣が飛び立った。二匹ともその背にアラクノイを乗せてはいなかった。巨大獣の背中から転げ落ちたアラクノイのうち一匹が巨大獣に踏みつぶされた。残りの三匹のアラクノイは暴れる巨大獣に構わず、タギ達に向かってレーザー銃を撃ってきた。タギほどの射撃の腕はなく、何条ものレーザー光が奔ったがそのうち一発がウルバヌスの左腕をわずかにかすっただけだった。ウルバヌスもヤンも素速く地に伏せた。隠れたり伏せたりするこういう行動をマギオの民は嫌がらなかった。この国の普通の兵士よりマギオの民の方が鉄砲を使った戦向きだ。それを見てタギは思った。

 巨大獣の感覚柄を潰したタギはアラクノイに狙いを付けた。こちらに向かってレーザーを乱射してくるアラクノイは物陰に隠れることもなく、地に伏せることもしてなかった。タギの眼には容易な獲物だった。一匹を倒したとき、タギの横で続け様に二発銃声が聞こえた。残った二匹のアラクノイがのけぞって倒れた。横にアティウスとクリオスが伏せ打ちの形で鉄砲を構えていた。その銃口からはまだ白煙が立ち上っていた。


「アティウス?」

「どうです、タギ。私たちの鉄砲の腕もまんざらではないでしょう?」


 確かにそうだった。この距離で線状ライフルも切ってない先込めの銃で命中させるのはかなり難しい。だがセシエ公の軍の銃より性能が良いようだった。射程が長く、狙いも正確に出来るようだとタギは思った。


「確かに、良い腕だ。しかし鉄砲を改良したのか?」

「分かりますか?ずいぶん鍛冶屋のまねもしたんですよ」


 遠くにもう一匹の巨大獣が見えた。こちらへ近づいてくる。その上を翼獣が舞っていた。巨大獣も翼獣もまだレーザーの届く距離ではなかったがぐずぐずしている暇はなかった。





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