第12話 撤退 2章 翼獣・巨大獣 4

 言い争っているひまはそんなになかった。四匹の翼獣が真っ直ぐにタギ達の方へ向かっていた。上空から、駈け去っていく騎馬の人間達を認めたからだ。

 タギは岩陰で片膝をついて姿勢を安定させ、両手でハンドレーザーを握って狙いを付けた。最初に狙うのは二匹のアラクノイを乗せている翼獣だった。確実に仕留めるために射程が半里を切るまで待った。じっと狙いを付けるタギの横で、アティウスとウルバヌスも気配を消していた。翼獣が近づいてくるのを見てもまったく気配を乱さない。タギは少し感心していた。市での戦いの中でも、“敵”を前にしてこれほど平静でいられた兵士はほとんどいなかったからだ。怖いもの知らずで平静なのではない。危険を認識した上でこれだけ平静でいられるのは、この二人が卓越した戦士であるからだった。

 二匹のアラクノイを乗せた翼獣までの射程が半里を切ったとき、タギは続けて二発、ハンドレーザーを撃った。目標の翼獣から大きく銃口を動かさずにねらえる距離には、あと一匹しかいなかったからだ。

 二条の青い光条は正確に二匹の翼獣の頭に吸い込まれた。びくんと体をふるわせた翼獣は二匹とも大きく翼を動かして、でたらめに空をしばらく舞ったあと、落ちてきた。背中に乗っていたアラクノイも放り出されて、手足をじたばたさせながら落ちてきた。ウルバヌスには翼獣とアラクノイが地面にたたきつけられる音が聞こえるような気がした。

 撃たれなかった二匹の翼獣があわてたように大きく左右に分かれた。いい加減な見当で、仲間を撃ち落としたレーザーの発射された方向へ続け様にレーザーを撃った。それから全速で森の方へ逃げていった。

 隣でアティウスとウルバヌスが息を呑んでいた。ウルバヌスは初めてタギの射撃の腕を見たのだが、二度目になるアティウスもやはり驚いていた。二度、続けて見せられればまぐれとか、偶然とかいうわけにはいかなかった。一匹だけに狙いを付けて撃ち落としたのならともかく、ほとんど間をおかず二発を撃って、狙いを外していない。連発で撃てる鉄砲を持ったことはなかったが、それがどれほど難しいことかアティウスにもウルバヌスにも想像できた。


「なんという・・」


 ウルバヌスが思わず呟いた。


「引きあげるぞ、巨大獣が速度を上げた」


 タギに言われて、二人とも黒森の方を見た。木々の間から突き出た巨大獣の首がタギ達の方を向いて動いていた。明らかに先ほど見たときより速くなっていた。

 三人とも立ち上がって馬を止めてある地点へ急いだ。飛び乗るようにまたがるとすぐに全速で馬を走らせはじめた。森から出て全身を見せた巨大獣がタギ達の後を追って駈け始めた。どすんどすんという地響きが伝わってきた。振りかえると、長い首を大きく持ち上げて、四本の肢で走り、二本の肢を振り上げた巨大獣が二匹、駈けてくるのが見えた。


「奴らは馬と同じくらいの速度で走れる!」


 タギが二人に向かって叫んだ。アティウスが答えた。


「そんなことは早く言ってくれ!」

「言えばさっさと引きあげたか?」

「まさか!どんなことがあっても翼獣が撃ち落とされるところを見逃すわけにはいきませんよ!」

「私もです!空が飛べても無敵ではないことがよく分かりました!」


 ウルバヌスが横から叫んだ。


「奴らどれくらい長い時間全速で走れるんです?馬より長く走れるとすればちょっとやっかいだぞ!」

「私もよくは知らない!四里くらいは走れることは知っているが」


 戦場でそれくらいの距離は、六、七キロならスピードを落とさずに突撃してきた。実際どれくらいの距離を巨大獣は走れるのだろう?だが翼獣が長距離を飛べるのは確かだ。巨大獣から逃げ切れても、翼獣からは逃げ切れない。うかつにハンドレーザーの射程には入ってこないだろうが、目を離さずに付いてくるだろうということは予想できた。人間の世界まで、オービ川の向こうまで付いてくるだろうか?


「おい、誰かいるぞ!」


 半里ほど先に高い木が一本生えていた。その下に二騎佇んでいるのが見えた。タギが最初に認め、タギに言われてアティウスとウルバヌスも気づいた。その二騎も、駈けてくる三人に気づいて、三人めがけて馬を駆けさせてきた。ほどなく人別ができる距離になった。


「クリオスとヤンだ!」


 ウルバヌスが叫んだ。


「アティウス様!」

「ウルバヌス様!」


 近づいてきた二人が口々に叫んだ。


「馬鹿者!何をしている?先に行けと命じたのが聞こえなかったのか!」


 ウルバヌスが二人を叱責した。三人に合流したクリオスとヤンが並んで走り出した。


「申し訳ありません、ウルバヌス様!どうしても先に行く気になれなかったものですから」

「私もです、アティウス様!」

「おまえを無事に連れ戻らないと、シレーヌに私がどんなに責められると思っているのだ、クリオス?おまえに言い訳をして貰うぞ!」


 怒鳴りあいながらじゃれているように見える四人にタギが横から口を出した。


「二人を怒るのはあとにしてくれ!今は逃げるのが先だ!」





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