第12話 撤退 2章 翼獣・巨大獣 3

 もう暗くなり始めていた。タギは腰を下ろした。荷物の中から毛布を出した。

「奴らが一番活発に動くのは夜明け頃だ。少なくとも俺たちと戦っていた頃はそうだった」

 だから今は体を休めた方がいい、とそこまでは言葉にしなかった。

それを聞いて、マギオの民の男達もそれぞれに休む準備を始めた。小高くなった頂上から、黒森と反対側に少し下ったところに火を焚く準備をした。ウルバヌスが不寝番の順番を決めた。しかしタギとアティウスには不寝番を割り当てなかった。アティウスは支配階級に属していたからだし、タギは不寝番を任されるほど信頼されてないからだった。彼らのために置いていかれた荷物の中から干した肉と固く焼いたパン、水が配られ、男達はそそくさと食事を済ませた。馬にも秣を与え、馬体を拭いてやった。

 タギは火から少し離れたところに寝場所を決めた。岩に背中をもたれかけさせて、膝を曲げ体を毛布でくるんだ。ナイフを体の上に置き、右手を添えて、そのまま浅い眠りに落ちた。マギオの民に完全に心を許したわけではない。完全に眠り込むわけにはいかなかった。それでも一人で野宿するよりは体を休めることができた。不寝番が割り当てられなかったのもありがたかった。

 小さく、しかし絶やさないように注意深く燃やし続けられている火の周りで、男たちはそれぞれに眠りについた。不寝番に当たった男は丘の頂上にひっそりと座って黒森の方を見張っていた。時間が来ると次の不寝番と交代して眠った。

 巨大獣に最初に気づいたのはまたクリオスだった。


「来た!」


 声は小さかったが、鋭いその叫びで全員が目を覚ました。暗かった空が碧みを帯び、もうすぐ日が昇ろうとする時間だった。

 男たちは森を見た。ようやく明るくなり始めた空を背景にして、森の木々の頂より高いところに長い首が突きだしていた。二つの長い首はゆらゆらと左右に揺れていた。


「くそったれ、二匹とも来やがった」


 ベイツが毒づいた。長い首はゆっくり揺れながら森の中を移動し始めた。木を踏み倒しながら移動するその音が聞こえそうだった。二匹の巨大獣は森から外へ、男たちが巨大獣を見ている地点の方向へ向かっていた。


「逃げた方が良さそうだな」


 アティウスが言った。東の地平線に太陽が顔を出した。あたりが急速に明るくなった。男たちは手早く火を消し荷をまとめて出発の用意をした。


「タギ、どうしました?」


 出発準備を急ぐ男たちから離れて丘の頂上に身を伏せ、いつまでも二匹の巨大獣から目を離さないタギを見てアティウスが訊いた。アティウスもタギのそばに来て、膝をついて身を低くした。


「見ろ」

 

タギがあごをしゃくって森の方を示しながらアティウスに言った。まさにそのとき巨大獣の背中から翼獣が飛び立った。四匹だった。明るくなった空を背景に不気味なシルエットが浮かび上がった。翼獣は大きく翼を動かしながら上空へ上っていき、タギたちが潜んでいる方向へ向かって飛び始めた。


「皆を急がせろ、私はあいつらを何とかする。上空から背中を撃たれるようなことにはなりたくないからな」


 アティウスはほんの短時間タギを見つめたが、すぐに頷いた。


「そうしましょう」


 アティウスが離れるとタギは懐から双眼鏡を取り出して、飛び立った翼獣に焦点を合わせた。二匹のアラクノイが乗っているのが一匹、残りの三匹には一匹ずつアラクノイが乗っていた。双眼鏡を収めて、ホルスターからハンドレーザーを抜いて安全装置を解除した。出力を最大にする。タギの背後で駈け去っていく蹄の音がした。

 ・・・七頭にしては音が少ないな?とタギが首を傾げたとき、タギの横に伏せるものがいた。


「アティウス?!」


 タギが思わず声を出したとき、アティウスがタギを見てにやっと笑った。


「あなたにばかりいい格好をさせるわけにはいきませんからね」

「あんたがいても役には立たないんだぞ!」

「そうでもないと思いますよ。鳥を撃つことなら私の得意技ですからね」


 アティウスは手に持った鉄砲をタギに見せた。


「私も鳥を撃つことなら慣れていますよ」

 後ろからいきなり声をかけられてタギとアティウスが振り返った。ウルバヌスが鉄砲を持って近寄ってきた。タギの声が怒気を含んだ。


「まったく二人とも何を考えているんだ?いい格好だとか、そんなことはマギオの民にはどうでもいいことだろう?鉄砲の射程まで翼獣が近づくかどうかも分からないのに。頭がどうかしたんじゃないか?」


 タギにこう言われても、アティウスもウルバヌスも平気な顔をしていた。


「翼獣を撃ち落とすだけならともかく、その後巨大獣からは逃げるのでしょう?それなら我々がいた方が逃げ切れる率が高いと思いますよ」


 アティウスの言葉に、タギが少し眼を丸くした。マギオの民が民以外の人間のことを気遣うなど聞いたこともなかった。しかし確かにアティウス、ウルバヌスが行動をともにしてくれるなら、その方が巨大獣から逃げるには都合が良かった。奴らの目標が分散するだけでも違うだろう。


「じゃあ、勝手にするんだな、だが巨大獣から逃げるときには他人のことなど構っているひまはないぞ」

「ああ、勝手にさせて貰いますよ」


 アティウスが言って、ほとんど同時にウルバヌスがタギに向かって頷いた。アティウスは相変わらずにやにや笑っていた。








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