第12話 撤退 2章 翼獣・巨大獣 2

「しかし、それはかなり難しいのではありませんか?頭は四十ヴィドゥーも上にあって、しかも感覚柄というのは小さいものでしょう?鉄砲の射程に入らないと撃つこともできない。鉄砲の射程よりアラクノイのレーザー銃の方が遠くへ届くし、今の話だと鞭毛が半里も伸びてくるということですね。それに対して我々の鉄砲は半里も飛びません」


 これはウルバヌスの質問だった。鉄砲の射程にはいることも難しいのではないかという質問だった。


「たしかに難しいだろう、しかしそれしかない。鞭毛は一匹の巨大獣で二本しかない。何人かの犠牲は出るだろうが、鞭毛だけで多数の相手を全部倒せるわけではない。前肢は短い距離しか届かない。アラクノイのレーザー銃はやっかいだが何百匹もアラクノイがいるわけではない。ある程度の犠牲は覚悟して、なんとか鉄砲の射

程距離まで近づければ感覚柄を撃つことができる」


 タギがとんでもないことを淡々とした口調で言った。男たちは顔色を変えていた。アティウスが得心したように頷きながら確認した。


「どれだけ犠牲が出ても、鉄砲の射程距離まで近づけば、何とかなる可能性があるというわけですね」


 市での戦いのときの反対になるわけだ。あのときは“敵”が数で押してきた。いくら倒してもあとからあとから出てくる“敵”と“敵”の戦闘獣に結局人類は負けたのだ。

タギは簡潔に答えた。


「そうだ」


 タギに断言されて、マギオの民の男達は考え込んだ。どれほどの犠牲を払えばこんな化け物を退治することができるのだろう。マギオの民全員と引き替えかもしれない。

 ウルバヌスが顔を上げてタギに訊いた。


「それじゃあ、今巨大獣が現れたらどうするんです?」

「一匹だけなら何とかなる。私がレーザー銃を持っているから、感覚柄をつぶしてしまうことは不可能ではない。致命傷は与えられないが。しかし二匹とも現れたら逃げた方がいい。この人数とこの武器ではどうしようもない」


 アティウスが訊いた。アトーリで見た、アラクノイや巨大獣、翼獣に対するタギの思い入れの強さを知った後では、タギが簡単に逃げ出すとは思えなかった。


「あなたでも逃げるのですか?」

「逃げ出すさ。勝てないと分かっている戦をするほど俺は馬鹿じゃない」

「じゃあ、あいつらを放っておくのですか?黒森から、いやシス・ペイロスから出てこなければそれでいいと」


 挑発するような口調だった。そんなことがタギにできるはずがないと、確信しているからだ。

 タギの体から凄まじい闘気が吹き出した。アティウスとウルバヌスをのぞく他のマギオの民が思わず後ずさったほど、それは凄まじかった。タギの声は大きくはなかったが、冷たく、心の内を表すように起伏がなかった。


 「いや、巨大獣や翼獣はともかく、アラクノイだけは殺す、一匹残らず、どんなことをしても」


 それがたぶん、自分がこの世界へきた理由だ。生まれたときから戦うことを義務づけられ、それ以外のことをしてこなかった自分が、異なる世界へ来たからといって、違うことができるとは思わなかった。まして、この世界にも同じ“敵”がいるのだ。

 アティウスがにっこり笑った。背中には冷や汗をかいていたが。タギの心の一番深いところにある情念にうかつに触れてしまったのだということが解った。


「それなら私たちと協力できるわけですね。少なくともその目的に関してだけは」


 マギオの民としてもアラクノイをそのままにしておく訳にはいかなかった。翼獣を使って空を飛び、巨大獣を使って戦をするのなら、どう考えてもマギオの民と両立できるものではなかった。空を飛んで情報を集めるなら、敵の数、配置、移動など手に取るように分かる。そしてその情報は速やかに伝えられる。マギオの民の情報など価値が激減する。そうなれば民に残されるのは闇の中の蠢きだけになる。それが本来のマギオの民のありようかもしれなかったがアティウスには我慢できなかった。

 それに、アティウスは思い出していた。神殿に置かれていたアラクノイの像を。円い頭部は目も口もないためどちらを向いているのか分からなかった。樽のような上半身、不釣り合いに長い上肢、それはアティウスにとってもおぞましいものだった。個人的な思いとしても倶に天を戴きたい相手ではなかった。

 翼獣や巨大獣を見た後では、どれだけ鉄砲をそろえても、それであんなものに対抗できるか分からなかった。だから、自分たちの持っていないレーザー銃を持っているタギの協力が必要だった。レーザー銃の威力を目の前で見せつけられて、アティウスはそう考えていた。タギを上手く使って、やつらを殲滅する。そのためにタギと上手くやっていかなければならない。

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