第12話 撤退 2章 翼獣・巨大獣 1
離れていく一行をしばらく見送ってから、ウルバヌスはアティウスに向き直った。
「さてアティウス様、オオカミの説明をお願いします」
アティウスがクリオスと、ベイツを見た。クリオスとベイツは顔を見合わせた。アトーリで確かに巨大獣を見たが、どう説明したらいいのか分からなかった。アティウスがタギを見ながら言った。
「これはタギに説明してもらったほうがいいようだ。タギが、あいつについては一番詳しいから」
マギオの民の男たちから外れて立っていたタギが苦笑しながら進み出た。
「そうだな、私が説明するのが一番早いな」
タギを囲んで七人の男が輪になった。タギは木ぎれで地面に絵を描きながら、説明を始めた。
「巨大獣と翼獣は、キワバデス神の使い魔であるアラクノイの使役獣で戦闘獣だ。フリンギテ族は巨大獣をヴゥドゥー、翼獣をムィゾーと呼んでいるようだ。翼獣については多く説明する必要はないな?先ほどよく見ただろう。あいつは基本的には偵察と輸送に使われる。背中に最大三匹ほどのアラクノイを乗せて飛ぶことができる。上空から敵の様子を窺い、敵の背後にアラクノイを運ぶことができる。但しそれほど重い物は運べない。巨大獣はそうだな、納屋ほどの大きさの胴体に六本の肢と長い首を持っているやつだ。後ろの四本の肢が移動用で前の二本の肢が戦闘用だ。四本の肢で体を支えて首を伸ばすと、大きなやつでは頭が四十ヴィドゥーを超える高さにくる」
タギは地面に大雑把な巨大獣の図を描いた。簡単な線画だったが巨大獣の特徴をよく捉えていた。説明を聞いている男たちが息を呑んだ。ベイツとクリオスが頷いた。森の木々の上に首を出した巨大獣は、確かにそれくらいの大きさがありそうだった。
「本当なのか?そんなでかい獣がいるなどと聞いたことがないぞ!」
ディディアヌスがクリオスに訊いた。クリオスが答えた。
「そうです、私は二匹見ましたが、大きい方はそれくらいありました」
マギオの民の男たちの驚愕に関係なくタギが続けた。
「こいつの武器はこの前肢だ。振り回すとものすごい威力を持っている。当たらないように逃げるしかない。二十ヴィドゥーくらいは届く。重装騎兵でも二十騎くらいならまとめて吹っ飛ばされる。もちろん盾や剣は役に立たない」
タギは地面に描いた図を指しながら説明を続けた。
「前肢の先から鞭毛が飛び出してくる」
「鞭毛?」
アティウスが訊いた。
「そうだ。人の親指くらいの太さの毛だ。それが半里ほどは伸びてくる。先端が硬くなっていて馬の体くらいなら簡単に貫く。巻きつかれると持ち上げられて、持っていかれるか、地面に叩きつけられる」
タギの説明は男たちには途方もなかった。しかし、翼獣を見たばかりであったことと、巨大獣を見たものさえいたことで信じざるを得なかった。
「防ぐ方法はあるのですか?この鞭毛というのは」
今度はウルバヌスの質問だった。
「鉄砲の弾ほど速く伸びてくるわけではない。せいぜい矢ほどの速さしかないから見ることはできる。ただしこれも剣や盾で防ごうとしてはならない。身をかわすのだ、自分のほうへ伸びてきているのを見たらな。だがまっすぐに伸びてくるとは限らないから、その点の注意も必要だ」
「弱点はないのですか?」
「巨大獣に鉄砲は効かない、皮膚が堅くて皮下に分厚い脂肪層を持っている。よほど至近距離でないと皮膚を貫通しないし、貫通しても小さな弾くらいでは巨大獣には応えない」
特にこの世界の鉄砲では初速が遅く、弾も球形だから貫通力が小さい。
「タギのレーザー銃ではどうなんです?効果があるのですか?」
アティウスの質問だった。鉄砲よりよほど遠距離を撃てるようだし、威力もありそうに見えた。それにレーザー銃でタギたちはあいつらと戦っていたと言っていた。
「レーザー銃でも致命傷を与えるのは無理だな。まったく何も出来ないわけではないが」
ハンドレーザーは小さすぎた。最大出力にすれば皮膚と皮下組織を貫通することはできるが、巨大獣にとっては針で刺されたようなものだ。倒すにはもっと大口径のレーザーか機関砲が必要だ。
アティウスが重ねて訊いた。
「打つ手はないってことですか?」
「そうでもない、頭の上に角のようなものが突きだしている。平均六、七本ある。
巨大獣の線画に頭の上の感覚柄を書き足しながらタギが言った。
「感覚柄?」
これもアティウスの質問だった。ウルバヌスは遠慮しているように見えた。一呼吸置いて、アティウスが質問しないようだったら自分が質問しようと思っているようだった。
「そうだ、感覚柄を潰すことが出来れば巨大獣へ入る外部情報を遮断できる」
「外部情報を遮断?」
「簡単に言えば、目が見えず、耳が聞こえない状態になるということだ」
「あはっ、なるほど。つまり鉄砲でその感覚柄を撃てば、そいつは周りの状況が分からなくなるということですな」
「そうだ」
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