第11話 撤退 1章 ラスティーノ 6

 死者が三十八人、自力では動けないほどの傷を負ったものが九人いた。たった一度の戦闘で被ったにしては大きすぎる損害だった。ウルバヌス自身も深くはないが手傷を負っており、どこも負傷していないのは戦闘に加わらなかったアティウス達三人とタギだけだった。全滅する寸前だったと言っていい。

 とにかく引き上げの準備をしなければならなかった。死者はともかくまだ息のある者をおいていくことはできない。荷を運んできた馬車から不要なものを全部放り出して、負傷者を運ぶスペースを作るように命じて、ウルバヌスは、アティウスに報告に行った。

 ウルバヌスは、撃ち落とした翼獣とアラクノイのそばでタギと話し込んでいるアティウスに声を掛けた。タギと熱心に話し込んでいるアティウスの邪魔をするのは気が引けたが、急げと言ったのはアティウスだ。


「アティウス様」


 アティウスが振り返って答えた。


「用意が出来たか?」

「はい、もうすぐ出発できます。今回の戦闘での死者が三十八人、これまでの死者を加えると全部で四十五人になります。馬車で運ばなければならない者が九人おりますので、武器と水、食料以外は置いていくように命じました。荷はすべて馬の背で運べるようにまとめて、馬車は負傷者を運ぶものだけにしようと思います」

「それでいい、置いていくものと死者を集落の長の館に運んで火を付けるのだ。残していく馬車も焼いてしまえ」

「はい」

「それからタギに馬を貸してやってくれ、死んだ者の馬が余っているだろう」

「かしこまりました」


 ウルバヌスは一通りの報告を済ませると、また離れていった。やらなければならないことがまだたくさんあった。死者を運んでいけないのなら、形見になるものを回収しなければならないし、それが身につけているものでも遺髪であっても、誰のものか分かる様にしておかねばならない。

 ウルバヌスの背中を見ながら、タギがくすっと笑った。その笑いはこの場面では不謹慎と言ってもよかった。案の定クリオスが睨みつけるようにタギを見、アティウスが不審そうにタギを振り返った。タギが面白そうにアティウスに向って言った。


「いや、自分は客分だなんて言いながら、結局あんたが指揮を執るのだなと思ったものだから」


 アティウスが頭を掻いた。


「ウルバヌスが変な遠慮をするものですから。指揮権の押し付け合いをするより表面上私が最終報告を受けるかたちにした方が話が早いのですよ」


 ラスティーノの長の館に死者と持ち帰れない物を運び込んで、油をまいて火を付けた。火はたちまち燃え広がり、集落の他の建物も燃え移った。マギオの民がいた痕跡をすべて消してしまうように、火は轟々と燃え上がった。

 燃え上がる集落を後に、来たときの半分に減ったマギオの民は黒森から逃げ出した。でこぼこの土地を馬車で急げば、馬車に乗せられた負傷者の傷口が開いて、さらに出血する可能性があった。しかしそんなことに構ってはいられなかった。アティウスがやけに急がせたからだ。アティウスに先導されて、傷ついたマギオの民の一行は足下の悪い森の中の道を駆けた。負傷者を乗せた馬車は絶え間なく揺さぶられながら懸命に付いていった。馬車に乗せられた負傷者のうめき声が絶えなかった。


 黒森を完全に離れるまでアティウスは馬を止めなかった。初めて止まったのは黒森を出て二里ほど離れた、小高い丘になっている場所だった。ごつごつした岩がいくつも転がっていた。振り返ると黒森が北の方角一面にべったりと広がっていた。ラスティーノから立ち上る煙が見えていた。ウルバヌスが騎乗のまま、立ち止まったアティウスに近づいた。


「アティウス様?」

「ウルバヌス、比較的元気な者を何人か残してくれ、私はここで確かめなければならないことがある」

「オオカミのことですな?」


 よく判ったなと言うようにアティウスがウルバヌスを見た。


「そうだ、あれがここまで来るのか、ここまで来たら黒森から出てくるのか、確かめなければならない」

「では私が残りましょう」

「ウルバヌス?」

「ガレアヌス様に報告するときに、オオカミがどんなやつか知らないでは格好がつきませんから。それに私がこの隊の指揮官です、お忘れなく」


 アティウスは苦笑して、肩をすくめた。ウルバヌスの言い分に理がある。ウルバヌスは付き従っているマギオの民に向かって言った。


「バルバティオ、これ以降の指揮を執れ、負傷しているものを里へ運ぶのだ。クリオス、ベイツ、ディディアヌス、ヤン、ロンギウス、お前たちはここに残れ、まだ仕事がある」


 マギオの民が内心でどう思っているのかタギには分からなかったが、少なくとも表面上は不平を言うものもなく、ウルバヌスの命令に従った。ウルバヌスが指名したのは比較的軽傷の男達であり、ウルバヌスに近い者達、アティウスに近い者達のバランスを取っていた。男たちは馬から下りて隊を分ける準備を始めた。


 そこに残る八人の男のための荷物を取り分けてその場に残すと、バルバティオに指揮されて、マギオの民の男たちは出発した。かなり急いでいたが黒森を出るまでよりもゆっくりした速度だった。半里ほど離れてから、バルバティオが振り返って手に持った槍を振り上げて、残る者に挨拶を送った。残った者も同じように手に持った剣や槍を振って挨拶を返した。やがて一行は丘の向こうに消えて、タギ達からは見えなくなった。








 

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