第4話 再会 3章 脱出 1

 屋敷中が大混乱に陥っていた。武装し、殺気だった男たちが走り回り、女中や小者たちがいろいろなものを持って右往左往していた。あちこちから悲鳴に似た声が聞こえる。

 ランは自分の部屋にいた。動きやすい服に着替え、肩ひもの付いた袋に水と食料、着替え、その他細々した日用品を入れていた。また男の子の格好だわ、周囲の喧噪、混乱の中でランはくすっと笑った。逃げ出す準備も二回目になると慣れたものだわ。だからこの前より必要なものの選り分けが上手にできる。お金がもっとあればいいのに、この前だって、全部タギに払ってもらったのだもの。帽子を被って髪を押し込み、ベルトに小さなナイフを差して、歩きやすい靴に履き替えた。男の子用の服も、ナイフも靴も、カーナヴィーで暮らすようになってから、機会を見て手に入れておいたものだった。ナイフは戦うためのものではないが必要になるときが来るかもしれないから手に入れておいたのだ。生きて捕まってセシエ公の前に引きずり出されたくはない。

 袋を背負って階下に降りた。玄関の広いホールに雑多なものが乱雑に置いてあった。ユーフェミア叔母が女中たちを指揮して、荷物を詰めさせていた。ドレス、宝石、装身具、貴金属、高価な家具、とんでもない量の荷物になりそうだった。


「叔母様」


 声をかけられて、ユーフェミア叔母が振り向いた。こんなときでもきれいに化粧して、豪華なドレスを着ている。


「クローディア、もう支度ができたの?」

「はい、叔母様」


 ユーフェミア叔母はランを頭のてっぺんからつま先まで点検するように眺めた。少し眉をひそめて、


「その服では、まるで商人の手代みたいに見えるわ」

「はい、叔母様。私もそう思います。でも動きやすい服でないといけないと思ったものですから」


 叔母はもっと文句を言いたそうだったが、そんな時間がないことを想い出した。


「それでいいわ、あなたが気にしないのだったら」


 ランから視線をはずして、荷物を作っている小者に向かって命令した。


「馬車を玄関に回しなさい!」


 小者が二人飛び出していった。その小者と入れ違いのようにオルシウス・ダシュール子爵が玄関から入ってきた。カーナヴォン侯爵の屋敷から帰ってきたのだ。びっしり汗をかいて、目が血走っている。豪華な鎧にはシミ一つなかった。ダシュール子爵家からは千の騎兵を出して、突撃にも加わっていたはずだが、子爵自身は全く戦いに参加していなかった。


「ユーフェミア、すぐに出発する。まっすぐにフィグラトの館を目指すのだ!」

「でもまだ荷物が全部はできていませんわ」

「荷物などどうでもいい。できるだけ早く行くのだ!敵がすぐ来るぞ」

「そんな!だってあなたが戻っていらしたのはついさっきではありませんか!」

「味方は総崩れだ!誰がやつらをくい止めるための殿軍などやっているものか!やつらは抵抗もなくここへ来る!時間がない、とにかく早くカーナヴィーを出るのだ!侯爵もアンダル砦へ向かわれたわ」


 玄関前に回ってきた馬車に女中と小者が手当たり次第に荷物を載せた。何を載せるか選んでもいなかった。屋根に載せた荷物を乱暴に縛りつけた。御者台も半分荷物に占領されている。

 馬車にオルシウスとユーフェミア、ジョバンニを抱いた乳母が乗るとひどく窮屈だった。上体を不自然に前屈させた乳母の膝でジョバンニがむずかっていた。この状態で全速力で走るとつらい。荷を乗室に入れすぎたのだ。ランが乗るにはどれか荷物を下ろさなければならない。


「私、次の馬車にします」


 ランは手早くドアを閉めた。ユーフェミアが悲鳴を上げた。


「クローディア!何を言うの?」


 ユーフェミアがランの方へ伸ばした腕をオルシウスが押さえた。小ずるい光が目に浮かんでいる。猫なで声でランに言った。


「クローディア、いい子だ。次の馬車でおいで、待っているから」


 馬車は残っているがもう馬がいない。子爵はそのことを知っていたが言わなかった。ランももう厩に馬が残っていないことを知っていた。ユーフェミア叔母が何かを言いたそうにしたが、オルシウス・ダシュールに睨まれて口をつぐんだ。


「はい、叔父様。またフィグラトでお目にかかります」


 ランは少し表情を硬くしたが、それから膝を折って行儀よく礼をした。

 屋根の上にも荷物を満載した馬車はあわただしく屋敷を出て行った。二騎の騎兵が護衛に付いていた。さらに数人の護衛が徒歩で馬車を囲むように走り出すと、屋敷内には武装した兵はいなくなった。


-あの馬を馬車に廻せばあと一台馬車が出せるのだけど・・・、でも騎兵の乗る馬と馬車を引く馬は違うし、子爵様も護衛なしで行くなんて考えもされないわね。-

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