第4話 再会 3章 脱出 2
馬車を見送ると、ランは玄関ホールでまだ荷物の整理をしている女中や、小者達に向かって言った。
「あなた達も早く逃げるのよ!お仕着せではまずいから自分の服に着替えて、貴族の館から離れていなさい。下町に家のある人は戻りなさい」
「クローディア様、荷物を放り出していくと後で叱られます!」
かがみ込んで荷物を整理していた女中頭が立ち上がって言った。他の女中や小者も手を止めてランを見ている。
「叱られるくらい何だって言うの?生きていなければ叱られることもできないわ!それにもう馬がいないのだから荷物を運び出すこともできないのよ。セシエ公は武器を持たない庶民には寛大だって言われているわ。早く着替えてこの屋敷を離れなさい!セシエ公の兵に出会ったら間違っても武器を向けたりなんかしては駄目よ」
女中や小者は目を合わせて互いの表情を窺うと、次の瞬間立ち上がってばたばたと自分たちの部屋へ走っていった。女中頭がランに向かって丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。クローディア様。おっしゃる通りかと・・」
女中頭も自分の部屋へ戻っていった。
ランは乱雑に放り出されたままの大量の荷物をあきれたように見ていた。
「全部持っていくおつもりだったのかしら?馬が持たないわ」
メテオが奥から出てきた。いつものお仕着せをきちんと着て、落ち着いた態度だった。相変わらず隙がない。ランを見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに深々とお辞儀をした。それはランにひどく場違いな感じを与えたが、メテオはいつもと全く変わらない様子だった。
「メテオ!まだ残っていたの?早く逃げなければ危ないわ!」
「私はこの屋敷の執事でございます。最後まで屋敷の世話をする責任がございます」
「メテオ、もうすぐカーナヴィーは戦場になるのよ!命あっての物種と思わない?」
「こんな年寄り一人、セシエ公も目くじらをおたてにはなりますまい。それよりこの屋敷が接収されるなら、きちんと引き渡す責任がございます」
「メテオ!」
「それよりクローディア様、あなた様こそ早くお逃げにならなければ・・。セシエ公は従わない貴族に対しては女子供であっても厳しいという噂でございます。私は大丈夫です。何度も戦場を行き来した経験がございます」
老いた執事は頑として譲ろうとしなかった。メテオにはメテオの生き方があるのだ。この歳になってからそれを変えたくはないのだろう。
「メテオ、無事でいてね!」
ランはメテオの手を取って軽く握った。子爵家では親切にしてもらった。生きていて欲しかった。メテオの目が潤んでいるように見えた。
「もったいないことを・・。おおそうだ、これをお持ちください」
メテオが懐に手を入れてランに差し出したのは金袋だった。
「地下の金庫の奥に残っておりました。旦那様もずいぶんと慌てていらしたようです」
「メテオ、駄目よ!私のじゃないもの!」
「なに、ここに置いていてもセシエ公に没収されるだけでございます。クローディア様がお持ちになってご自分のために使われる方がずっとよろしゅうございます」
「でも・・・」
まだためらっていたランにメテオが金袋を押しつけた。ランは金袋を手に取った。ずっしりと重かった。
「ありがとう、メテオ、今はいただいていくわ。きちんと記録しておいてね、後できっと叔父様にお返しするから」
「かしこまってございます。さあ早くおいでなさいませ、先ほど見てまいりましたときにはもう、正門の前までセシエ公の手勢がまいっておりました。まだそれほどの数ではございませんでしたが。街の外に出るなら北門か、東門がよろしいかと存じます」
ランは金袋を懐に入れ、ひも付きの袋を背にして、表へ出た。屋敷の女中や、小者が私服に着替えて門をくぐっていた。門の外の道は馬車や馬、荷物を満載した荷車でいっぱいだった。しばらく見ていてもほとんど前へ進まない。怒号が飛び交っていた。刃物を振り回して少しでも先に出ようとしている馬車もあった。
「あら、まあ大変。こんなに混雑しているのでは叔母様たちもどこまで行かれたかしら」
ランも門をくぐろうとして、はっと足が止まった。
「えっ?」
何かを見たのだ。門の横の木のそばに、とても気になる何かを。ランはおそるおそる首を回した。
「タギ!」
タギが立っていた。
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