第4話 再会 3章 脱出 3
「タギ!」
ランは息をのんで立ちすくみ、両手で口を押さえた。涙があふれてきてタギの姿がゆがむ。思わずうつむいて顔を手で覆った。
「ラン・・・」
声が聞こえておそるおそる顔を上げる。やはりタギがいた。一歩足を踏み出す。二歩、三歩、途中から駆け足になった。夢中でタギに飛びついた。タギがランの背に手を回して抱き留めた。思い切り抱きしめた後、タギは少し体を離してランの顔を見つめた。一年半余の間にずいぶん大人っぽくなった。
「・・・・タギ、会いたかった。黙っていってしまうんだもの。私何かタギを怒らせるようなことをしたかしらって心配していたのよ」
「・・・・・」
「でも、タギ。どうしてカーナヴィーへ?こんな所で何をしているの?」
ランがそう質問した。
「ラン、カーナヴィーを逃げ出すのかい?誰かと一緒に。どこか行く当てはあるのかい?」
タギはどこか遠慮がちに訊いた。
「叔母様たちの領地へ来るように言われているの。でも叔母様たちは先に馬車で行ってしまわれたから、私一人でなんとか行かなければいけないの」
「叔母様たちの領地ってどこ?」
「フィグラトっていうところ」
「かなり遠いね、・・・私が送っていこうか?」
「タギ?だって迷惑じゃないの?なんだかカーナヴィーから出るだけで大変そうだし・・」
ランが大混雑の街路を指さしながら言った。
「ランが気になってカーナヴィーに来てみたんだ。何かランの役に立てるかなと思って」
ランの顔が輝いた。
「タギ?本当?私のために来てくれたの?」
「そうだよ。ランがまた助けを必要としているなら、と思ったんだ」
「タギ!ありがとう。なんてお礼を言っていいか分からないわ。でもすごく危険なんじゃない?私、足手まといになるわ、きっと」
「一緒に行く?」
「本当にいいの?」
「そのために来たんだよ」
「ありがとう、いつもタギには助けられてばかりだわね。本当にありがとう」
タギは笑った。心の底から嬉しそうな笑顔だった。
「よし、行こう。こっちだ」
タギとランはダシュール家の屋敷を出た。徒歩で、人々が向かう方向と反対方向に進んだ。タギはカーナヴィー市街の西北方向に向かっていた。しばらくランは黙って付いていったが不審そうな声で訊いた。
「タギ、そちらには門がないのよ」
「知っている。だからこちらへ向かう人が少ない。だけど門からばかり出入りするとは限らないからね」
「城壁を乗り越えるの?すごく高いし、見張りもいるわよ」
「高いけれど見張りは手薄になっている。さっきも越えてきたんだ」
タギはランの手を引いて、路地を選んで小走りに先を急いだ。カーナヴィーはなじみのある町ではなかったが、城壁を乗り越えたときにカーナヴォン侯爵の屋敷の一番高い塔を目印に方向の見当を付けていた。
迷いもせずに西北側の市の城壁の下にたどり着いた。他の市でもそうであるように城壁の内側は広い環状道路になっている。環状道路に出る手前でタギは城壁の上と、向こう側の気配を探った。そして小さく舌打ちをした。乗り越えるときにはなかった気配がある。城壁の上の通路に見張りの兵士たちがいる。さすがに市を守備する体勢に入ったようだった。
「どうしたの?」
「見張りが出た」
城壁の上だけではなかった。環状道路を騎馬の一隊が走り抜けた。続いて荷駄を引いた歩兵の一隊が通り過ぎた。誰もが殺気だっていた。城壁の上も環状道路も兵たちの人影が絶えることはなかった。タギとランは環状道路に出る手前の路地に身を隠した。
「どうするの?」
「もうすぐ日が暮れる。暗くなったら乗り越えよう。それにセシエ公の軍の攻撃が始まったら見張りが手薄になる可能性も高い」
門が近くにないため喧噪は遠かった。市の中にあふれている混乱と絶望、喧噪と怒号、そんなものからランとタギだけが隔離されているような感じだった。不思議に静かな空間が二人を取り巻いていた。
すっかり暗くなるまでタギはじっとしていた。一人なら何とでもなるが、ランを連れているなら少しでも安全な条件が整うまで待った方がいい。
突然タギは市内の喧噪と混乱が大きくなったのを感じた。用心しながら環状道路に出てみると、遠くに、正門の方だろうか、火と煙が見えた。続いて東門の方角にも火と煙が上がった。銃撃の音が聞こえる。セシエ公の軍が突入したのだ。目の前の城壁の上で戦闘が始まった。ゆれるかがり火に白刃が煌めく。城壁の内側の壁を乗り越えて人の身体が落ちてきた。
火は同時に数カ所からあがったようだった。遠く近く、戦いの喚声が聞こえる。タギは心を決めた。すぐに脱出しよう。
ランの手を引いて環状道路沿いに走った。結界を精一杯に広げて周りの様子を探った。人の動きがはるかにあわただしくなっていた。こんなことなら早くに行動を起こすのだった。できるだけ人の気配の遠いところを選んで城壁の下まで走った。
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