第9話 シス・ペイロスの神 2章 神殿 6

 アティウスが言葉を継いだ。


「神殿の裏の森、あの森の中に洞窟があって、その洞窟の中でキワバデス神の巫女達がアラクノイの泥人形を作っているのですよ」


 タギが眉の間に皺を寄せた。


「何だって?」

「何人もの巫女達が森に入っていくものですからね、後を付けたんですよ。そしたら、森の中に入り口があって入っていくと大きな洞窟になっているんですな、これが」


 先を言えとタギが目で促した。


「洞窟の中の泥で何十人もの巫女達が、もう一心不乱にアラクノイの泥人形を作っているのですよ。途中で交代しながら休み無しにね。一種異様な雰囲気でしたな」

「その泥人形をどうするんだ?キワバデス神の縁日ででも売るのか?」

「それが、仕組みはよく分からなかったのですが、できた泥人形を地面に置くと勝手に洞窟の奥に入っていくのですよ」

「どこにあるんだ、その入り口は?」

「行ってみようとおっしゃる?」


 “敵”に関することなら調べなければならない。例え“敵”の姿の泥人形を作っているというだけでも確認しておかなければならない。頷いたタギにアティウスが言った。


「じゃあ、案内しましょう」

「いや、場所を教えてくれるだけで十分だ」


 予想通りの答えを聞いたという顔でアティウスが言い返した。


「まあ。そう言わずに、案内しますよ」

「アティウス様!」


 何を考えていらっしゃるのです!と言いかけたベイツをアティウスが一睨みした。ベイツほどの強者を一瞬で黙らせてしまうほど冷たく、容赦のない視線だった。気圧されて、口をつぐんだベイツの背を冷や汗が伝って落ちた。直接に睨まれたわけでもないクリオスもぞくっとしたほどだった。もちろんタギもその視線には気づいたが、素知らぬふりを決め込んだ。

 ベイツとクリオスを先に立てて、タギとアティウスは並んでその後に続いた。この暗がりの中で四人とも普通の速度で歩き、こそりとも音を立てない。そのまま森の中へ入っていった。

 マギオの民がタギを案内したのは森の奥、三本の太い木の根本に大きな岩があるところだった。岩の陰に人が四、五人並んで立って入れるほどの穴が開いていた。真っ暗で、どれほどの深さがあるかも見当が付かない。入っていこうとしたとき奥から大勢の人が出てくるのに気づいた。何本もの松明を掲げて、騒々しい足音をたてながらやってくる。

 出てきたのは十人ほどの巫女だった。神官に先導されている。若い女もいたし、かなり年配の女もいた。そろいの白い上着と赤いスカートを穿き、さすがに神聖な場所とされている神殿裏の森の中ではおしゃべりもせずに、ぞろぞろと四人の目の前を歩いていった。

 巫女達をやり過ごして四人は洞穴の中に入った。入ったとたん、ベイツとクリオスの足が止まった。二人にはあまりに暗かったのだ。


「アティウス様」


 ベイツがささやき声で言った。


「おまえには見えないのか」


 質問ではなく、確認だった。


「申し訳ありません。この前は昼間だったもので」

「よい、俺が先に立つ。後を付いてくることならできるだろう」


 ベイツとクリオスが頷いた。脇へどいた二人の横をすり抜けて、タギとアティウスが先に立った。入り口よりも中の方が広くなっている。自分の手も見えないほどの暗さだったが、タギもアティウスも少し速度をゆるめたくらいで迷いもせずに奥へ入っていった。道は緩い階段状になっていて、下へ下へと続いていた。自然にできた穴に人が手を加えたもののようだった。この暗さの中で足を踏み外しもせず歩いていくアティウスに、タギは感心していた。タギと同じように視力以外の感覚を持っているのかもしれない。

 タギの感覚でおよそ四半里ほど歩いたとき、いきなり広いところへ出た。灯り一つ無かった通路と違って、そこはたくさんの篝火が焚かれ、外から入って来た眼には眩しいほどだった。広いだけではなく天井も高く、空気が一定の方向に流れているのが感じられ、地下の洞窟とは思えないほどだった。

 広い場所に出る手前で壁に身を寄せて、中の様子を窺った。

 不思議な洞窟だった。直径二百ヴィドゥーほどの円筒を横に置いたような、妙に人工的な感じのある洞窟だった。外からの通路はその円筒の一方の底に開いていた。円筒といっても下は平らになっていて、平らな部分もかなりの広さがある。段差があって真ん中が凹んでいた。その凹みの部分に桟橋のように突き出たところがいくつかあり、その桟橋に一人ずつ巫女が座り込んで熱心に作業をしている。それを監督するように数人の神官がゆっくりと歩き回っていた。

 タギは目をこらしてその作業を詳しく観察した。凹みの部分には泥が満たされている。茶色い泥は、まるで風に池の表面がさざ波を立てるように細かくうごめいていた。巫女達がその泥を手ですくっては膝の上に置いた板の上に載せる。巫女達の両手が器用に動いてその泥はたちまちアラクノイの形になる。アラクノイの形になった泥人形をもう一度泥の上に置くと、その泥人形は泥の上を滑るようにゆっくりと円筒の底の方、外からの入り口があるのと反対側の底の方へ移動していく。巫女達はアラクノイの泥人形を一体作り終えるとかなりの長時間じっとしている。両手をついて肩で息をし、いかにも疲れたという体勢で動かない。作業の時間より間の時間の方がずっと長かった。

 そして、泥人形が移動していく方向の正面に、五つの尖塔をもつキワバデス神殿があった。地上の本神殿でさえ尖塔の数は三つだというのに、この地下の神殿は五つの尖塔を持っていた。真ん中の尖塔の下に開いた穴の中にアラクノイの泥人形が次々に吸い込まれて行く。





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