第9話 シス・ペイロスの神 2章 神殿 5
ふと、アティウスの気配に殺気がないことにタギは気づいた。それまでは二人の噴き出す殺気に紛れていたが、別々に気配を感じるようになってそれが分かった。
―それなら、とタギも殺気を消した。そのまま闇の中を移動する。わざとアティウスに分かるほどの気配を見せて、広い境内の建物から離れたところへ移った。アティウスが付いてくるのを確かめて、建物から十分に離れたところ、小声で話しても他の誰にも聞こえないところまで来て足を止めた。神殿の後ろに広がる小高い丘の森に続く木立の中だった。
アティウスもわざと気配を見せながらタギに付いてきた。十ヴィドゥーほど離れて立ち止まった。その後ろに二人が付いた。
「弓を収めて貰おう」
タギが言った。弓に矢をつがえていつでも射てるように身構えていたベイツが、声がした方をきっと見つめた。タギのいるところを正確に気づいているのはアティウスだけで、ベイツももう一人のマギオの民も大体の見当を付けているに過ぎなかった。アティウスに指示されて、ベイツは矢を外して弓を小脇に抱えた。
「タギ、ですね?」
アティウスが訊いた。
「そうだ、アティウス」
タギの名を聞いて、ベイツが怒気を体いっぱいにみなぎらせた。また弓を構えようとした。それにつられてもう一人のマギオの民も腰の剣に手をやった。
「よせ!」
アティウスが鋭く命令した。二人ともしぶしぶ武器を収めた。
「ここで待っていろ」
アティウスはタギの方へ歩き出した。
「アティウス様!」
「その男は危険です!」
二人が声を揃えて止めたがアティウスは気にしなかった。タギの三ヴィドゥー手前まで歩いていって止まった。
「久しぶりですね、タギ」
十分に内容を伝えることのできる、しかし少し離れれば聞き取ることの出来ないほどの小声だった。
「ああ、アティウス。あんたが出てきているとは思わなかったよ。ウルバヌスはどうしたんだ?てっきりあいつが指揮をしていると思っていたが」
「ウルバヌスが指揮をしてますよ。ラスティーノで。私はあくまで客分です」
「客分が一番危険なことをやるのか、マギオの民では?」
「これは私のわがままです。どちらかがラスティーノに残らなければならないから、ウルバヌスに押しつけたのですよ」
タギはアティウスと一緒にいる二人に視線を向けた。アティウスも二人を見た。二人ともアティウスの命で武器こそ収めているものの、今にもタギに飛びかからんばかりだった。
「紹介しておきましょう、ベイツはもうご存じですな?以前にウルバヌスと一緒にあなたに会ったそうだから。若い方はクリオスといいます。シレーヌの弟です」
クリオスは若かった。アティウスに負けないほどの長身だったが、まだ成人しきっていない骨の細さがうかがわれた。二十歳になっていないだろう。シレーヌに似た端正な顔立ちをしていた。二人とも相当な腕だがアティウスやウルバヌスとはかなりの差があるとタギはみた。
「ラスティーノではずいぶん派手なまねをしているとか?」
「我々はシス・ペイロスのことを知りませんでしたからね。ラスティーノから助けを求める奴をつけたのです。ここに案内してくれましたよ。それにフリンギテ族の注意を向こうに向けておきたかったのですよ。私たちが動きやすくなるように、できるだけ派手にやってくれと言っておきましたから」
「で、動きやすくなったのか?」
「ええ、これで五日、アトーリの中や外をうろうろしてますが、フリンギテの連中はまったく気づいていませんからね」
「五日前からここにいるのか?」
「そうです、いろいろ面白いことが分かりましたよ。残念ながら光の弾を撃つ鉄砲を使う奴らはまだ見つけていませんがね」
“敵”のことだ。キワバデスの使い魔のアラクノイがそうなのだが、マギオの民はまだ知らないらしい。
「いいことを教えてやろう」
「ほう、なんですか?」
「キワバデスの神体の前に使い魔のアラクノイの像があっただろう?」
「ええ、見ましたよ。手の長い不格好な像ですな」
「光の矢を撃つ鉄砲を使う奴ってのはあの使い魔だ」
「なんですって?」
「あの像は使い魔をそのまま模したものだ。私たちは“敵”と呼んでいたが、あの像にそっくりでレーザー銃―光の弾を撃つ鉄砲のことだがーを使う」
「そう言えば・・・」
アティウスのすぐ後ろに控えていたベイツが言った。
「ウルバヌス様が、あの大きな鳥に乗っていた奴は不釣り合いに長い腕を持っているようだったとおっしゃってました」
「そうか、アラクノイだったらその条件にぴったりだな」
アティウスは考え込んだ。それからタギを見て尋ねた。
「あの姿をした奴らが実際にいると言うんですね?そいつらがレーザー銃というのか、その光の弾を撃つ鉄砲を使うと言うんですね?」
「そうだ。私たちは、私のいた国はあいつらと闘っていた。そしてあいつらに滅ぼされた」
「あなたの国は遠いところにあったと聞きましたよ。そんな遠いところまであいつらは行っているのですか?」
「私にも良くは分からない。なぜアラクノイが“敵”と同じ姿をしているのか、同じレーザー銃を使うのか、私のいた国とこことがどうつながっているのか。分からないことだらけだ」
「それでは私もあなたの知らないことを一つ教えて差し上げましょう。五日の間に調べ上げたことの一つです」
「なんだ?」
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