第9話 シス・ペイロスの神 2章 神殿 4
もっと情報が必要だった。ラビドブレスの館の会議室でフリンギテ族の集落長達が話していたことも気になる。何より、ヤードローとウルバヌスが見たのは翼獣に違いないとすれば、巨大獣はいるのだろうか?そして“敵”はどのくらいの数いるのだろうか?
まずカバイジオス祭司長の館から探ることにした。先ほど見たときにはまだ灯りがついていた。起きているとは限らないが、寝てしまった後まで灯りをつけているほど贅沢な暮らしをしているとは思えなかった。
灯りのついた窓の下に張り付いた。案の定、誰かがまだ起きていた。声が聞こえる。館の壁に耳を付けて聞きとろうとした。聞き覚えがあった。ラビドブレスとキンゲトリック、それに長老会議場にいた男たちのうちの誰かの声、だった。かなりの大声で、議論しているというより、言い争っていた。
「そもそもあなたの失敗ではないか!川向こうのやつらの口車に乗せられて、アラクノイ様を行かせたのはあなただ。おかげで私の村はマギオの民に占領されて、村人の大半は死んだんだぞ」
「それはちがう、私の独断ではない、ちゃんと集落長会議の審議を経ている!」
これはラビドブレスだった。
「わずか四人しか出席しなかった会議だ!」
「しかしあなたも事後承認したではないか!」
「既成事実を突きつけられたら承認せざるを得ないではないか!」
明らかに激昂して言い争っている二人をなだめる声がした。
「起こってしまったことの責任を云々しても今は仕方がない。これからどうするか考えるべきだろう?」
これはキンゲトリックの声だった。
「だから、さっきからアラクノイ様とヴゥドゥーを出して私の村から、ラスティーノからやつらを追い払ってくれって、頼んでいるんだ!」
するとこの声はラスティーノの長の声だ。
「そんなことはできない!川向こうのやつらにアラクノイ様やヴゥドゥー、ムィゾーのことを知られてしまう!キワバデスの最高神官として教えに反することはできない!」
この声には聞き覚えがなかった。言葉の内容からすると、カバイジオスだろう。ヴゥドゥー、ムィゾーとはなんだ?すぐにラスティーノの長の声がした。
「すでにアラクノイ様とムィゾーを川向こうに行かせたではないか?セシエ公を殺しに。いまさら何を言う!」
アラクノイとムィゾーをセシエ公の暗殺に行かせた?それではムィゾーというのが翼獣だ、するとヴゥドゥーというのが巨大獣のことか?ヴゥドゥーも出せというのは巨大獣もいるのだ、ここに。タギは男たちの言葉を一言も聞き漏らすまいとした。
カバイジオスの声で反論が聞こえた。
「あれは、あの程度のことなら、川向こうのやつらにアラクノイ様のこともムィゾーのことも知られずに済むと思ったからだ。そしてセシエ公をうまく殺すことができれば、川向こうからの貢物を手に入れることができるはずだった!」
「だがセシエ公を殺すことに失敗しただけではなく、アラクノイ様のことを知られてしまった!だからこそマギオの民なんてのが押し寄せてきたんだ」
「カバイジオス祭司長、これはひょっとしたら、あなたたちの教えにある、破壊の始まりではないのか?」
キンゲトリックの声だった。
「アラクノイ様がヴゥドゥー、ムィゾーと一緒に戻られた、そして外の民がシス・ペイロスに押し寄せる、まさに破壊のときの始まりではないか?」
“敵”が巨大獣、翼獣と一緒に『戻った』?“敵”はここから来たのか?いったいシス・ペイロスと“敵”とはどんな関係があるのだ?
「まさか!?―私の時代に破壊のときが来るなど、そんなはずはない!教えによればそんなことはまだ何百年も先のことだ!」
カバイジオスの反論は悲鳴だった。その可能性を考えながら懸命に否定したがっていたのだ。さらにキンゲトリックの声がカバイジオスを追いつめるように聞こえた。
「破壊のときが来たのなら、川向こうの連中に知られようが、どうしようがかまわない理屈だ」
「だから、そんなはずはない!キワバデス神は降臨されていないのだから!」
―タギはいきなり人の気配に気づいた。中の会話に気をとられて周辺の警戒が足りなかった。近づいてくる!タギは窓の下を離れて暗がりへ転がり込んだ。
しかし遅かった。明らかに、隠れたタギを注視する視線があった。だがそれにしては騒ぎ出さない。タギを見ている視線の主も身を隠している。タギは自分を注視している視線の元を懸命に探った。
この気配には覚えがあった。
―アティウスとベイツだ。もう一人、これは覚えのない気配がアティウスに従っていて合計三人だ。やっぱり、とタギは思った。マギオの民があんなに派手なことをしているのは陽動なのだ。あちらに注意をひきつけて、その間にキワバデス神殿のあるアトーリに潜入する。シス・ペイロスに足場を持たないマギオの民の苦肉の策だろう。
月が雲に隠れた。暗さが増した。タギは気配を消して移動した。アティウスの視線だけがタギを追ってきた。タギを注視しているぶんだけ、アティウスも完全には気配を消し切れていない。タギにもアティウスの居場所を知ることができた。あとの二人はもうタギの動きを追い切れていない。殺気だけを噴き出させて身を潜めている。タギの感覚には丸見えだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます