第9話 シス・ペイロスの神 2章 神殿 3

 タギは本神殿の真ん中の尖塔の下に身を潜めた。あたりの気配をうかがった。近くに人間の気配はなかった。本神殿の正面の扉のはるか上に小窓があるのを昼の間にタギは確かめていた。懐から双眼鏡を取り出して窺がった。電池が切れた所為で暗視鏡ノクトヴィジョンはとっくに使えなくなっていたが、タギの眼ならこの暗さでも双眼鏡越しにかなりのものを見ることができる。小窓には木の板がかぶせてあった。昼間はそれが外、上向きに開いていたから、夜の間下ろすのだろう、とタギは見当を付けた。鍵がかかっていれば少し厄介だが、正面の扉を無理に開けるよりあの窓から入ったほうがよさそうだ。

 また懐から鉤の付いた綱を取り出して、くるくると回して投げ上げ、窓枠に引っ掛けた。二、三度強く引っ張ってかかり具合を確かめた後、タギは腕の力だけで綱を上っていった。窓に降りていた木の板には鍵はかかっていなかった。そこまで用心する必要はないのだろう。木の板を上に上げてタギは中をのぞいた。掛け燭の蝋燭もわずかな数が灯されているだけで神殿の中は暗かった。人がいないのを確かめて、タギは綱を伝って中に降り立った。

 キワバデスの神体は火だった。大きな岩の割れ目から炎が噴き出している。キワバデスには決まった形がない、いや破壊のときと再生のときで違う形をとるのだと言われているとヤードローが教えてくれた。破壊のときを待っている今は炎が神体なのだ。燃料を補給することもなしにもう何百年も燃え続けている炎で、黒森の中の他の集落にあるキワバデス神殿にはこの炎から移された火が置いてあるのだとも教えてくれた。

 多分、地下にガス田があってそこからこの岩まで天然ガスが噴出しているのだ、それに何かの拍子に火がついて、そのまま燃え続けている、それを見て、その周りに神殿を建て、その炎を神体としてキワバデス信仰を作り上げたのだ、とタギはそう推測した。炎は大きくなったり、小さくなったりしながら燃え続けている。大きくなった炎は周りに火花を飛ばす。そのときには神殿全体が一瞬明るくなる。

 ―そして、神体の両脇に、キワバデス神の使い魔であるアラクノイの等身大の木像が一体ずつ置いてあった。ずんぐりした分厚い上半身、不釣合いに長い上肢、そしてヘルメットをかぶったような丸い頭部、それは“敵”の姿にそっくりだった。タギが、タギ達が、そして人類が長い間戦い続け、結局は敗北させられた“敵”の姿だった。

 偶然の一致で済まされないのは、その像の足元に戦利品を展示するようにハンドレーザーが、タギ達が使用していた人間用のハンドレーザーが置いてあったことだった。

 タギは唇を噛みながら見ていた。ハンドレーザーは二丁あり、一丁はひしゃげて壊れていたが、もう一丁は見た目には完全だった。ハンドレーザーの横には封も切ってないマガジンが一束、五個置いてあった。

 タギは辺りの様子を窺って、慎重に一見完全なハンドレーザーに手を伸ばした。そっと取り上げてみる。銃把を握り、引鉄に指をかけた。ずっと以前になじんでいた感触があった。違う角度から見ても壊れてはいないようだった。マガジンの束も取り上げた。それらを懐に入れると、もう一度綱を伝って小窓に登り、窓を通って神殿の外へ出た。

 神殿の外に降り立ったタギはもう一度辺りを探った。何の気配もない。境内の片隅に走った。大きな木と岩に隠れた場所でハンドレーザーを取りだした。安全装置を外す。出力を最弱にして地面に向かって撃ってみた。何も起こらなかった。もう一度引鉄を引く。同じだった。いつからあそこにあったのか分からないが、やはりもう壊れている。

 がっかりしてハンドレーザーを捨てようとし、捨てきれずにもう一度しげしげと見て、気が付いた。装着されているマガジンのエネルギーレベルがゼロだった。タギは苦笑した。そんなことにも気が回らなかったというのは、久しぶりにハンドレーザーを持ったというだけではない、やはり興奮していたのだ。

 ハンドレーザーのマガジンを交換した。もう一度地面に向かって引鉄を引く。青い光条が奔り、地面に穴をうがった。

 ―使える―

 手が震えた。新品のマガジンが交換したばかりのものを含めて五個ある。これだけあればかなりのことが出来る。たとえ巨大獣に対してでも抵抗することが出来る。タギはその無骨な銃身に唇をあてた。荷物の中からホルスターを取りだしてベルトに付けた。どうしても捨てられなくて持ち歩いていたものだ。ホルスターにハンドレーザーを入れて、留めた。

 タギは長い間、まったく関係のない異なる宇宙に飛ばされたのだと思っていた。異なる宇宙の―それは並行宇宙と呼ばれるのか多元宇宙と呼ばれるのかそれとも他の呼称があるのか知らないが―地球だと思っていた。ここが地球であることには確信があった。陸地の形こそ違うが、重力が同じ、太陽と月があって自転周期、公転周期が同じ、その上人間が住んでいる。その人体構造は、怪我の治療を始めてから確信したが、タギの補助脳にある知識と一致した。無数の星があるだろうがここまで諸元が一致する星が他にあるとは思えない。異なる宇宙の地球―なぜここへきたのか、どうやってここへきたのか分からないが、元の世界とこことはまったく関係がないのだと思っていた。ここへ来てから、他にも同じようにここに飛ばされた人間がいないか気にかけていた。そして、十数年そんな人間は一人も見つけることができなかった。結局自分一人なのだ、と考えていた。しかし、違う。タギだけではなくハンドレーザーまでこの世界にある。あの神殿では木像でしかないアラクノイが、タギが元居た世界では動き回る“敵”だった。どんな関係なのか知らないが、どれくらい離れているのか知らないが、この世界と、元居た世界はつながっている。何らかの方法で行き来できる、今タギはそう考えていた。



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