第9話 シス・ペイロスの神 2章 神殿 7

 タギは拳を握りしめて、作業をしている巫女や巫女が造った泥人形、そして五つの尖塔を持つ神殿を見つめていた。タギにとって何かとてつもなく忌まわしく、禍々しいものがここにはあった。目に見える何もかもを破壊し尽くしてしまいたいという衝動が、身の中に起こってきた。身の中から突き上げてくるものに動かされそうになったとき、突然肩を掴まれて我に返った。

 振り向くとアティウスがタギの顔をのぞき込んでいた。


「どうしました?」

「いや、何でもない」

「何でもないという顔じゃありませんよ、ものすごい殺気だった。鳥肌が立ちましたよ」


 そう、アティウスが敵意をもってタギの肩を掴もうとしていたら、次の瞬間、タギの容赦のない反撃に遭っていただろう。アティウスは焼けた鉄を素手で触るような覚悟でタギの肩に手を置いたのだ。実際、あの殺気を自分に向けられたら、あらん限りの力を振り絞らなければ切り抜けられないだろう。


「誰か来ます」


 クリオスが小さな声で警告を発した。既にアティウスもタギも気づいていた。巫女達だ。今この洞窟の中で作業している巫女と交代するために降りてきているのだろう。


「どうする?」


 タギが訊いた。通路にも洞窟にも身を隠せるようなところはなかった。


「突破しよう。降りてくるのは神官と巫女達だけのようだ」


 強行突破もやむを得なかった。不審者がアトーリに入り込んでいることが知られてしまうが、腹をくくった。それに神殿からハンドレーザーを盗み出しているのだ。どうせ不審者がアトーリの中をうろついているのは気づかれる。


「まず松明を奪って灯りを消す。そして突破する。いいな?」


 アティウスの言葉にタギも含めて男達が頷いた。階段を少し引き返して壁に身を寄せて気配を消し、降りてくる巫女達を待った。

 灯りが見えたとたんに男達が動いた。あっという間に距離を詰めると灯りを持っている神官と巫女に飛びかかった。悲鳴が上がった。次々に松明を奪うと踏み消した。後には漆黒の闇が残った。その闇の中を男達が走った。後ろで大騒ぎが起こっている気配が伝わってきた。

 洞穴から飛びだしても男達は止まらなかった。森を抜け、キワバデス神殿の境内を抜け、アトーリの町を抜けて、町境の壁を越えて黒森の中に入り、町からかなり離れて、やっと男達は止まった。タギとマギオの民の男達は別々の方向に走っても良かったはずだが、そのまま一緒に行動していた。


 アトーリの町の騒ぎは時間を経るに従ってどんどん大きくなっていった。無理もなかった。くせ者が町中に侵入していたばかりではなく、こともあろうにフリンギテ族の最高の聖所である地下のキワバデス神殿にまで侵入したのだ。

 夜中であろうと関係なかった。フリンギテ族の集落長会議が招集された。キワバデス神の最高神官であるカバイジオスも出席した。そのときアトーリに滞在していた集落長や、ラビドブレス、キンゲトリック、カバイジオス祭司長の間で激しい議論が闘わされた後、方針が決定された。

 くせ者がマギオの民と無関係と見ることはできなかった。マギオの民に知られたのなら、自動的にセシエ公に知られてしまうと考えるべきだ。知られてしまったのなら最早遠慮することはない。アラクノイ様、ヴゥドゥー、ムィゾーを出してでもシス・ペイロスに侵入したマギオの民をたたきつぶす。そしてさらに川向こうまで行く。二度とシス・ペイロスでふざけたまねをしないように、そして取り損ねた貢物を回収しなければならない。最後までカバイジオス祭司長が抵抗したが、それが集落長会議の結論だった。


 タギとマギオの民三人はアトーリの町から離れた黒森の木の上に登って町の様子を窺っていた。いつの間にか一緒に行動することに抵抗が無くなっていた。町の外へ探索隊が出てくるかと思っていたが、町の門は閉ざされたままだった。二刻ほど警戒して、どうやら追っ手は掛からないと見極めて、四人は交代で休憩をとることにした。見張りを一人残して他の三人は木を降りた。

 東の空が白み始めた。

 町の方を注視していたクリオスが驚愕に眼を見開いた。危うく悲鳴を上げそうになった。町の中、キワバデス神殿の裏の森から巨大な蛇が鎌首を持ち上げたのだ。クリオスの驚愕に気づいて木の下で休んでいた他の三人が眼を覚ました。そして町の方へ眼をやってアティウスとベイツは息をのんだ。タギは―タギは絞り出すように、言葉を発した。


「・・巨大獣・・・・」


 鎌首をもたげたのは蛇ではなかった。長い首の下に巨大な胴体が付いているのがすぐに確かめられた。そして、もう一匹、計二匹の獣が長い首を伸ばすのが見えた。伸ばした首に引っかかっていた木がバラバラと落ちていった。洞窟の入り口よりもっと奥の森だった。


「巨大獣というのか、あれは?あんなものが隠れていたなんて、・・・・」


 五日探っても気づかなかったという言葉を飲み込んで、やっと声を取り戻したアティウスがタギに訊いた。タギはその問いには直接には答えなかった。巨大獣の背中に翼獣を認めたからだ。


「翼獣も載せている。それに“敵”も」


 タギが指で指し示すとアティウスも翼獣を認めて頷いた。アティウスも遠目が効く。巨大獣とその背中に乗った翼獣をじっと観察した。


「ウルバヌスが見た奴だな。確かに鳥ではなく四つ足の獣に翼が着いたような奴だな」


巨大獣の背中から翼獣が二匹飛び立った。長い尾が舵を取るように揺れている。それぞれの背中に一匹の“敵”を、アラクノイを載せていた。翼獣が南の方へ飛び去った。


「いかん、奴ら、ラスティーノの方へ飛んでいく!」

「アティウス様!」


 クリオスが悲鳴を上げるように叫んだ。タギも大きな声を出した。


「すぐにラスティーノに知らせろ!翼獣に乗っている“敵”は多分、レーザー銃を持っている。それに巨大獣もすぐに攻撃してくるぞ!」

「タギ!奴らに鉄砲は効くのか?」

「“敵”と翼獣になら十分効果がある。巨大獣には鉄砲じゃ歯が立たない!」


 タギの言葉を聞いてアティウスがベイツとクリオスを振り返った。


「すぐにラスティーノに戻るぞ!警告してやらなければあぶない、いくらウルバヌスでもあんな奴らが相手じゃどうしたらいいか分からないだろう」

「はい!アティウス様」


 ベイツとクリオスが声を揃えて答えた。クリオスが木から飛び降りてきた。三人は後も見ずに南に向かって駈けだした。タギがそれに続いた。


「タギ!あんたも来てくれるのか?」


 足下の悪い森の中の道を全力で駆けながら、アティウスが後ろを振り返って訊いた。


「ああ、私の方が奴らについて詳しい。戦い方も知っている。あんた達に教えてやるよ!」

「それは助かる、是非お願いしたい!」


 四人の男達はひたすらに南を目指した。一刻も早くラスティーノのマギオの民に合流しなければならなかった。





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