第22話 粛清 2

 アティウスはマギオの民が物事の緊急度、重要度の順位付けさえできなくなったことを危惧していた。


「それなのに、セシエ公はガレアヌスを生かしている・・」


 小さなつぶやきだったが、シレーヌが聞きとがめた。


「アティウス様!」


 小声だったがアティウスの言い過ぎを懸念する響きが籠もっていた。アティウスもそれに気づいた。おどけた様子で口を押さえながら、


「あっ、単なる独り言だ」

「アティウス様、ここは異地です。うかつなことは・・・」


 だから屋外で話しているのだ。二人の声が届くような範囲に人がいないことはアティウスが確かめている。尤もアティウスより感覚の鋭い民がここにいたら話は別だ。




 アティウスは異様な気配に気づいて目を覚ました。素早くベッドを降りて、鎖帷子を着込んでその上から上着を着た。腰帯に剣を吊す。ナイフを五本、腰帯に挟んだ。階下に降りればもっとたくさんの武器、防具があったが、この部屋に置いていたのはそれがすべてだった。隣の続き部屋-従者部屋-のドアをノックする。音は小さいがあらかじめ決めておいた合図だった。すぐに起き上がる気配がした。廊下へのドアに身を寄せて、外の気配を探った。アティウスの感覚に引っかかってくるものはなかった。ドアをそっと開ける、廊下へ滑るように出て、隣の部屋-従者部屋-と反対方向の部屋のドアを同じようにノックする。そのまま廊下に終夜ともされている掛燭の陰にうずくまる。すぐにアティウスが寝ていた部屋の両側の部屋のドアが開いた。さすがにクリオスの方が早かったが、シレーヌも女性の身支度とは思えないほど手早かった。二人とも手元に持っていたすべての武器を身につけていた。


「アティウス様!これはいったい?」


 シレーヌが緊迫した声で訊いた。アティウスが鋭い目で周囲を見ながら、


「ガレアヌスが心を決めたようだ。私を排除することに」


 アティウスの側で、うつむいて懸命に周囲の気配を探っていたクリオスが顔を上げて言った。


「そのようですね、知った気配がいくつもあります。里の腕利きを動員しています」

「十や二十じゃきかないな。クリオス、まだ少し時間がありそうだ、階下したへ行ってナンとイオスを起こしてこい。ただし無理をするな」


 ナンとイオスはシレーヌが呼び寄せた一族だった。ただシレーヌとクリオスほど里での階梯が高くないため、アティウスの近くに部屋を与えられていない。クリオスが立ち上がって周囲に注意しながら階段を降りていった。クリオスがナンとイオスを連れて戻ってくるまでの間にも周囲の気配は近づいてきた。


「三十はいるかな?」

「また、大仰な動員を。何が何でもアティウス様を排除したいようですね」

「跡継ぎがファルキウスだからな。あいつは頼りない。私にとって代わられるのではないかと不安で仕方がないのだろう。それにしてもこの段階で行動を起こすとは思わなかったな。油断したか」


 ナンとイオスを加えても相手は六倍の戦力だった。ガレアヌスはそれだけアティウスを恐れていた。個人の戦闘力ならマギオの民で一、二を争う。

 クリオスが戻ってきた。ナンとイオスもいる。屋敷の中のマギオの民にはまだ動きがない。ロンディウス以下、七人いるはずだった。その七人が敵に回れば六倍の敵が七倍強になり、味方であれば二倍強になる。近づいてくる民は気配をできるだけ小さくしている。しかし少なくともロンディウスはもう気づいていても不思議はない。息を潜めてじっとしているのだろう。


「アティウス様、我々が血路を切り開きます。なんとかその間にお逃げください」


 シレーヌがそう言った。四人をまとめて包囲網の一角にぶつける。後ろなどは気にせずとにかくできるだけ深く網を破る。そこに力を温存していたアティウスが切りこめば、というのが最も可能性の高い、アティウスがこの場を逃れる方法だろう。


 アティウスは首を振った。


「そんなことはあいつらのことだ、織り込み済みで包囲網を作っている」


 見知っている民の気配だ。腕のほども知っている。里でも指折りの民が何人も入っていた。動きから見て重装備はしていない。軽快に動けることを前提の装備だろう。一カ所に食い付けばすぐに横からカバーが入る。マギオの民は一対一の勝負にこだわらない、むしろ一人に多人数で掛かって屠る訓練に重点を置いている。下手に動いて包囲されてしまえば、分断されて一人ずつ倒される。


「まとまって動くぞ、敵を一人ずつ減らしていこう」


 クリオスとシレーヌは民の中でも上位の戦闘力を持っている。そこにアティウスがいればうまくいけばかなり敵の力を削げるだろう。それで展望が開けるとは決して言えなかったけれど。


 玄関の扉の鍵がかすかな音を立てて開いた。やはりきちんと合い鍵を用意している。扉がわずかに開く。玄関ホールに設置してある掛燭の炎がゆらいだ。開いた扉の隙間をぬうように人影がホールに滑り込んできた。ホール正面の階段を上ったところに待機していたアティウスの右手が振り下ろされた。ナイフを胸に受けて、最初に入ってきた人影が倒れた。とたんに今度はバタンと大きな音を立てて玄関の扉が全開になった。多人数が一気になだれ込んでくる。

 再びアティウスの左右の手が動く。短弓を構えた民が二人、声も出さずに倒れた。階段を駆け上ってきた民とクリオス、シレーヌが戦い始めた。金属がぶつかる音が連続する。どちらの側も声を出さなかった。マギオの民の戦い方は無言が原則だった。階段は剣を振り回すには狭い。一時に二人が並んで剣を振るうのが限度だった。クリオスが一人に浅手を負わせてひるんだところを蹴り落とした。何人かが巻き込まれて階段を落ちていったがすぐに新手が目の前に現れる。侵入者達の攻撃は人数の分だけ分厚い。









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