第22話 粛清 3

 ガシャン、ガシャンと後ろで窓ガラスの割れる音がした。壊れた窓から何人もの人影が飛び込んできた。アティウスの寝ていた部屋だった。すぐに部屋のドアを開けて飛び出してきた民をアティウスが迎え撃った。狭い廊下では一時に二、三人を相手にすれば済む。それでもアティウスが圧倒していた。たちまち二人が死傷して戦列を外れた。倒れた男を踏み越えてアティウスに斬りかかろうとした民が、突然前のめりに倒れた。背中に矢が突き立っていた。


「アティウス様、ご無事で!」


 短弓を構えたロンディウスだった。すぐに短弓を捨てて窓から侵入した男達と切り結び始めた。後ろにレリアン駐在のマギオの民が続いていて、侵入してきたマギオの民に襲いかかった。


「アティウス様、この隙にお逃げください」


 破られた窓をあごで示しながら、


「あそこから出て屋根伝いに逃げれば逃げ切れます。アティウス様ほど身の軽い奴はいませんから」

「しかし!」


 アティウスは躊躇した。ロンディウスの言うとおりにすれば一人だけで逃げることになる。後ろで戦っているのは長い間行動を共にしたシレーヌとクリオスだった。ここに残していけば確実に殺される。味方が増えたなら、切り抜けられるのではないか?


 しかし既に階段を上りきった敵がいた。ナンとイオスも戦っていた。既に負傷している。ロンディウスの部下も既に二人倒れていた。里で選抜された腕利きと町住みの民とでは勝負にならなかった。レリアン在のマギオの民のうち、互角に戦えているのはロンディウスだけと言ってよかった。


「アティウス様、早く!」


 なおも躊躇っているアティウスをロンディウスが叱咤した。

 ロンディウスの声を聞きつけてシレーヌが敵と切り結びながら、


「アティウス様!お逃げください、私たちのことなど気にする必要はありません!」


 さらにロンディウスの声が重なった。


「我々の死を無駄にするおつもりですか!?」


 それは心からの叫びに聞こえた。ついにアティウスが心を決めた。自分が生きていればその下に集まってくる民はいる。ここからの逆転もあり得る。


「分かった。済まぬ!」

「早く!我々もいつまでもは持ちませぬぞ!」


 アティウスが目の前の男に切りつけて、ひるんだ隙に窓を破られた部屋に飛び込もうとした時だった。アティウスは胸に焼け付くような痛みを感じた。視線を下に向けると胸の真ん中から刃がつきだしていた。首を回すとロンディウスがアティウスに突きたった剣を一ひねりして抜くところだった。ロンディウスの顔はどこか悲しそうに見えた。


 アティウスの顔から表情が消えた。ゆっくりと倒れ伏した。


「アティウス様!」


 シレーヌとクリオスが同時に悲鳴を上げた。駆け寄ろうとしたシレーヌの背中を、切り結んでいた民が切り裂いた。倒れたシレーヌはアティウスの方へ右手を伸ばそうとして、息絶えた。動揺したクリオスは隙だらけだった。たちまち取り囲んだ男達に斬り殺された。ナンとイオスも長くは抵抗できなかった。



 戦い終わった男達は肩で息をしていた。なんとか勝った、というのが男達の感想だった。犠牲は襲撃者の方が多かった。倍を超える死者を出していたし、傷を負ってない者はいなかった。


 ロンディウスは倒れたアティウスを見下ろしていた。マギオの民のあり方を変えるかもしれない男だと思っていた。自分の命だけで責任を取れるなら、恐らくアティウスに付いただろう。しかし、自分の属する一族のことを考えるとこうするしかなかった。アティウスがマギオの民のおさになればいずれセシエ公とぶつかる、ガレアヌスに従えばセシエ公に完全に従属するだろう、というのがロンディウスの見立てだった。どちらも好ましくはないが、セシエ公とぶつかってマギオの民が生き残れる可能性が高いとはロンディウスは考えてなかった。結局生き残った者が勝者なのだ。


「ガレアヌス様にお報せするのだ、アティウス・ハニバリウス・ガルバを討ち取ったと」


 ロンディウスの声も疲れていた。自分が射殺した民と、欺瞞のための戦闘で死んだ二人の部下を見て大きく息をついた。彼らはロンディウスが本当にアティウスの味方をするつもりだと信じていた。アティウスにマギオの民の将来の希望を見る民達に属していた。だからとうてい敵わないと分かっていても里の腕利き達に挑んだのだ。


 ―ここまでしなければ倒せなかったのだ、アティウス様は。でもこれでマギオの民の力はずいぶん落ちた。シス・ペイロスに出す民の質がどうなるのか。それで、セシエ公を満足させることができるだろうか?―


 アティウスだけではない、クリオスもシレーヌも里では知られた使い手だった。その一族と他の親アティウスの民も粛清されるだろう。アティウス達との戦闘で死んだ襲撃者の中にも腕の立つ者が何人も居る。ロンディウスはブルッと体を震わせた。“じり貧”という言葉が浮かんだ。



 ガレアヌス・ハニバリウスが不安に駆られたのだ。これまではガレアヌスがマギオの民を完全に支配していた。だからファルキウスとアティウスの間にどれほどの差があっても、自分の力でファルキウスをハニバリウス・ハニバリウスにして、その周囲を腹心で固めて、ルクス家がマギオの民の指導者であり続ける体制を築くことに自信を持っていた。しかしセシエ公がマギオの民を支配下に置くことがほぼ決定してしまった。シス・ペイロスにマギオの民が遠征する。しかもセシエ公の指揮下で、ガレアヌスが不在で。どんな事態になるか予想することはできなかったが、遠征の趣旨からマギオの民がかなりの活動を促される可能性が高い。その時にファルキウスがうまくやることができるだろうか?何かへまをしてそれをアティウスと比べられるようなことにならないだろうか?そうなればセシエ公がルクス家をマギオの民の指導者として認めるだろうか?アティウスを指導者に据えるのではないだろうか?


 仮定に仮定を重ねた思考だった。しかし、一度それにとりつかれてしまうと振り払うことができなかった。ガレアヌスの限界だった。





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