第23話 王都にて 1

 王都に着いたとき、ウルバヌスがタギとランを案内したのは泉美屋いずみやという一流の下ほどのランクになる宿だった。港に近い、石造りの三階建ての建物で、タギとランが普段泊まる宿に比べると部屋も広いし、備え付けの家具も上等な宿だった。


「セシエ公と会う用意ができるまでに数日かかるかと思います。それまではご自由にお過ごしください」


 王都までの旅の費用はすべてウルバヌスが支払った。ここの宿代も当然のように何日か分を前払いしてウルバヌスは出て行った。タギが自分で支払うならもっと安い宿にしただろう。ウルバヌスが居なくなった部屋で、


「さて、何日か暇のようだよ」

「はい」


 嬉しそうにランが頷いた。


「タギは、王都は初めてって言ってたでしょう?一緒に街の中を見て回りたいわ」


 ランはまだ小さい頃、何回か来たことがあった。王宮へ伺候する父に付いてきたからだ。しかし父は王都の自分の屋敷と王宮の間を往復するだけで街中を見せてくれたわけではない。王宮に連れて行かれて、王族や貴族達に挨拶をし、あとは母や兄たちと屋敷の周りを歩いたくらいしか王都での経験はなかった。そして父とセシエ公の対立が先鋭化してからは王都に来る機会などなかった。


「そうだね。そうしよう。王都は広いから一日じゃ回り切れないし、見て回っている間にウルバヌスが手配を終えるだろうから」


 ランが嬉しそうにタギの腕をとった。そのまま自分の方へ引き寄せる。タギは抵抗もせずにランに近づくと、顎に手を当てて上を向かせた。ランが目をつぶった。唇がわずかに開く。タギが唇を重ねた。長い接吻だった。タギの背に回したランの腕が解けて下に降りるまでタギはランの唇から自分の唇を離さなかった。



 次の日、タギとランは王都観光に一日を費やした。港へ行って係留されている船を見て、港から王城へつながる道沿いにある店を冷やかして歩いた。そこそこ高級な装身具を扱っている店のウィンドウに、細い金を編み上げたような可愛いブレスレットを見つけた。


「どう?」


 純金ではないのだろう、タギにも手を出せるくらいの値段がついていた。そう問われてランがタギを見た。


「う~ん、きれいなんだけれど、勿体なくない?」

「ランに似合うなら勿体ないとは思わないな」


 ランはタギにもらった指輪以外の装身具は持っていなかった。懐具合にそれほど余裕があるわけではなかったし、旅で動き回っていることが多く、身に着ける機会が少なかったこともある。


「王都に来た記念だ、これくらいの出費ならなんとかなるよ」


 ランはちょっと首をひねった。カーナヴィーを脱出するときにメテオに持たされたかねは、手を付けないままランが持っていた。いざとなればそれを使えばいい。


「うん、買って。大切にするから」


 タギは嬉しそうに笑って、ランの背中を押して店へ入って行った。



 暗くなる前に宿に帰ってきたタギは、宿の帳場の前にあるロビーに座っている若い二人の女に視線を走らせて、わずかに眉をひそめた。女たちはテーブルをはさんで向かい合って座っていて、そのテーブルにはジュースが置いてあった。タギがさりげなくランの横に並んで、女たちとランの間を遮るような位置に付いた。一人はマギオの民だった。知らない顔だったし、ウルバヌスに紹介されたわけでもない。警戒するのが当然だった。女たちの前を通り過ぎようとしたタギが思わず足を止めたのは、マギオの民でない方の女―亜麻色の髪をして、ずいぶんと上等な服を着ている―が小さく、


「シェイナ軍曹・・・」


とつぶやいたのが聞こえたからだ。


 タギは女の方を振り向いた。女がにっこりと笑った。タギに見覚えのある女ではなかった。戸惑った表情のまま、


「あなたはいったい」

 

タギが質問しようとしたとき、ランが横からびっくりしたような声を出した。


「セルフィオーナ王女殿下!」


 さすがに声は抑えていた。セルフィオーナ王女がランを見た。ランのことは王女の記憶にはなかったのだろう、眉をひそめたまま、黙っているようにと言うように唇の前に右手の人差し指を立てた。マギオの民の女―ミランダ―が立ち上がってセルフィオーナ王女の横に立った。護衛の位置だった。


「王女殿下?」


 タギにはなぜこの王女殿下と呼ばれる女が、昔の呼び方で自分を呼んだのか分からなかった。昔どころではない、別世界での呼び方だった。


「人前で大声で話したいことでもないの、シェイナ軍曹」


 もう一度そう呼ばれて、タギが表情を硬くした。タギのことはよく知っていると言っているわけだ。


「部屋を取ってありますが」

「マギオの民が用意した宿でしょう、ここは?」

「そうですが」


 部屋は一通りは調べた。特に変な仕掛けはなかった。セルフィオーナ王女は首を軽く振りながら、


「一緒に来てくれるとありがたいわね。話ができる場所を用意してあるから」


 断るという選択肢はなかった。タギのことを知っている理由を話してくれるというのだから。タギはランを見た。一瞬、部屋で待っていてくれるように言おうかと思ったのだ。ランがタギの腕をとって体を寄せてきた。そういうやり方で置いて行かれるのを拒否した。


「あなたも一緒にどうぞ。タギ・シェイナのことをもっと知りたいでしょう?」


 ランが頷くのを見て、セルフィオーナ王女はタギとランに背を向けて宿の玄関の方へ歩きだした。タギと王女の間にミランダが体を入れて、王女に続いた。タギとランも後に続いて宿の外へ出た。












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