第23話 王都にて 2

 王女がタギとランを連れて行ったのは結局他の宿だった。王都で一、二を争う一流の宿の、四階建ての最上階にあるスイートルームだった。王女のノックに応えてドアを開けたのはサンディーヌだった。豪華な絨毯が敷き詰められた廊下を通って、三部屋あるうちの居間に入った。座り心地の良さそうな大きなソファが置いてあった。これも見事なテーブルを挟んで四脚だった。


「座ってくつろいでちょうだい、サンディーヌ、お茶の用意を」


 セルフィオーナ王女が先に座りながらそう言った。タギとランがセルフィオーナ王女の向かい合わせに座った。あらかじめそのつもりだったらしく待つ間もなくお茶が運ばれてきた。テーブルに置かれた茶から芳醇な香りが立っていた。それを口に持ってきながら、


「タギ・シェイナのつれあいなのね?そちらは。」


 王女の視線がランを向いていた。


「ラン・シェイナと申します。殿下」


 ランが立ち上がって、軽く、しかし優雅に挨拶した。こういう所作は母から十分にしつけられている。


「私を知っているのね。あなたは」


 王族の顔を知っている人間は限られている。そば近く仕える者か、貴族、大商人などの有力者くらいだ。直接王族に会うだけの地位か力がないと顔を覚えることが出来るほど近くへ行くことはない。まして今のランド王家は“引きこもり”だった。女王も王女も公式には滅多に王宮の外へ出ることなどなかった。つまりランが王女の顔を知っていると言うことは、王女の直ぐ側まで行くことが出来る立場にあったことを示している。


 話が危ない方へ行きそうだった。


「あなたはなぜ私のことを知っているのです?」


 タギが強引に話の方向を変えた。


「ああ、そうね。なぜ私がシェイナ軍曹を知っているのか、話はそこからね」


 タギが頷いた。


「私は、・・」


 王女がしばし躊躇ためらった。それからタギを真正面から見て、ゆっくりと話し始めた。


「えりざべす、イエ、りず・こーとにーダカラ」


 タギがあっけにとられた顔をした。この言葉は?


「りず・こーとにー、・・モシカシテこーとにー中尉?」


「嬉シイワ、覚エテイテクレタノネ」


 十何年ぶりかに聞く故国の言葉だった。


「こーとにー中尉ナラヨク覚エテイル。デモアナタトハ似テモ似ツカナイ」


 タギも同じ言葉で返した。リズ・コートニー中尉は金髪の大柄な女性だった。


「ソウカ、アナタハ体ゴトコチラニ来タモノネ。私ハ意識ダケ」


 王女は肩をすくめた。


「負傷シテ身動キデキナクナッテ、巨大獣ニ踏ミツブサレタノ。デ、気ガツイタラ五歳ノ女ノ子ノ体ノ中。チカラハナイ、ノロイ、不器用、本当ニドウシヨウモナカッタワ。何トカ動ケル体ニスルノニ本当ニ苦労シタノヨ」


 王女は思い出すのも嫌だというようにぶるっと震えて見せた。


「コチラニ来テカラ、同ジヨウニ来タ人ガイナイカ、探シテイタ。ダカラ一カ所ニトドマラズ歩キ回ッタ。見ツカラナイワケダ、外見モ違ウシ、ソノ上王族ダナンテ。会ウドコロカ顔ヲ見ル機会サエナイ。尤モ見テモ分カラナカッタダロウケレド」

「信ジテクレタカシラ?」

「アア、信ジル。こーとにー中尉殿」


 タギは立ち上がって、王女に向かって敬礼した。久しくしなかった敬礼だったが見事に決まっていた。王女がクスッと笑った。

 コートニー中尉は『戦士』ではなかったが優秀な士官で、タギはその指揮下で戦ったこともあった。だからその人となりもよく知っていた。


 ランと王女の二人の侍女がいきなり知らない言葉で話し始めた王女とタギをびっくりしたような顔で見つめていた。しかしランは、訳は分からないまま、タギが知らない言葉で話していることには余り疑問を持たなかった。


(遠いところから来たと言っていたのだもの、きっとそこの言葉なのだわ。でもどうしてセルフィオーナ殿下がその言葉を知っているのかしら?)


「良かったわ。あなたを信じられる。これでアンタール・フィリップ様に紹介できるわ。自信を持って危険な人物ではないと保証できるし」


 言葉が元に戻っていた。


「聞カレテマズイコト以外ハ」


 王女は自分の侍女二人とランに順番に視線を回してから、


「コノ言葉ハ使ワナイヨウニシマショウ。実はこちらの方が楽なの」

「私もです。いつの間にかこの言葉を話している時間の方が長くなってしまったから」


 こちらに来たのは十一歳だった。既にそれ以上の時間をこちらで過ごしている。


「そうみたいね」


 ランの方を見ながら、


「女の子を口説けるくらい流暢に話せるのね」


 突然聞いたことのない言葉で話し始めたタギとセルフィオーナ王女をポカンとした顔で見ていたランが、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「それで、来春のシス・ペイロスへの遠征には一緒に来てくれるのでしょう?」

「そのつもりです。でも“一緒に”ということはあなたも行くのですか?」

「私が司令官よ。名目だけだけれど」


 タギは苦笑した。以前はひたすら戦闘に従事していたコートニー中尉が、今は政治的な動きもしているようだ。だが本当の指令官であってもうまくやるのではないだろうか?


「そうなのですか」

「で、ランも連れていくつもりね?シス・ペイロスに」

「そのつもりです」

「最前線に?」

「戦闘行動中はマギオの民が護衛してくれる約束です」

「マギオの民が・・・」


 アティウスやシレーヌが粛清されたことはまだ知らなかった。タギは、マギオの民と、というよりアティウスと約束を交わしているつもりだった。少し考えてセルフィオーナ王女が言った。


「ランを私の下に置いておくというのはどう?」














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