第23話 王都にて 3

 えっと言うようにタギとランが王女を見た。


「そう、侍女の真似でもしてくれればいいわ。そうすれば余計な詮索はされずに済むしね」


 ランの出自のことを言っているのだ。セルフィオーナ王女はランについて、詳しいことはまだ知らない。しかしランの振る舞いを見ればそれなりの階級の出身で、きちんとしたしつけを受けていることはすぐ分かる。その上、王女の顔を見知ることが出来るほどの地位にいたのに、今は流れ者と言ってもいいタギと一緒になっている。その間にかなりな事情があることは簡単に推測できる。そんなことをすべて纏めて保護するとセルフィオーナ王女は言っている。


「それに私は最前線には出ない、安全な後方で指揮のまねごとをするだけだもの。私の側にいるランも安全だわ」


 タギとランは顔を見合わせた。ランが頷いた。タギが少し考えて王女に答えた。


「それは願ってもないことです。お願いしてもいいですか?」


 ランを託すのにマギオの民とセルフィオーナ王女とどちらが好ましいかという選択だった。ランを預けるのは単にランの安全を確保するためだけではない、ある意味、タギの行動を掣肘するための人質という側面も持っていた。ランを手元に置くことによってタギの行動を縛るのだ。アティウスもセルフィオーナ王女も確実にそういうつもりでいると、タギは思っていた。ランにわざわざ言うことでもないが。そういうことを考慮に入れるとセルフィオーナ王女とマギオの民とどちらが好ましいのか?

 アティウスはある程度信頼しているが、他のマギオの民を信頼しているわけではない。タギが会ったことのあるマギオの民のうち、自分の考えで動くことが出来るのはアティウスだけだった。他のマギオの民は、ウルバヌスも含めて、自分の考えより命令を優先する。それだけ言葉に信がおけない。自分の言葉と命令が矛盾するなら命令に従うだろう。アティウスの約束を、さらに上位者の命令が上書きする可能性がある、ウルバヌスでさえ。そう考えると、セルフィオーナ王女-コートニー中尉-に託す方がずっと安心できる。コートニー中尉は十分に信頼に足る士官だった。アティウスは苦い顔をするかもしれないが最後には受け入れるだろう、アティウスが粛清されたことをまだ知らないタギは、約束を反故にすることをいくらか後ろめたく感じながらそう考えていた。


「じゃあ決まりね、来春、出兵のために集合したらすぐにでも私のところへ来て頂戴。そうね、その際はミランダに連絡を取って。衛兵には話を通しておくから」


 いくら何でも直接王女に連絡できるわけがなかった。まずミランダに連絡して、それから王女のもとへというのが妥当なところだろう。


「さっ、それでは後の話は食事をしながらにしましょう。サンディーヌ、用意をして」


 王女が先に立ってタギとランをダイニング・ルームに案内した。ミランダが王女とタギの間に身を置いた。油断なくタギの様子を探りながらうわべは無表情だった。しかし強者の気配を、アティウスやウルバヌスに匹敵する気配を感じることが出来るほどには腕が立つだけ、内心では気を張っていた。

 サンディーヌもミランダも、タギとランをまるで旧知であるように扱う王女に不審な表情を見せなかったし、知らない言葉で話したことを疑問に思うような態度も見せなかった。サンディーヌは、これまで王女に散々驚かされたことがまた一つ増えたくらいに思っていたし、ミランダは分からないことを自分で評価することに慣れていなかった。出来るだけ事実そのままを上に報告するだけだった。


 まるで待っていたように用意された夕食の席で話されたのは、この世界に来てからこれまでタギがしてきたことや、ランとの生活のことで、雑談に近かった。食事はさすがに王都でも一、二を争う宿のものだけあっておいしかった。タギにとってはこの世界で食べた最も上等の食事だったし、ランにとっては久しぶりの正餐と言って良かった。タギは慣れないテーブル・マナーに戸惑いながら、ランは身についたマナーを自然に出しながら、食事をした。礼儀正しく、そしておいしそうに食べるランを興味深そうにセルフィオーナ王女が見ていた。


―でも、お肉もお野菜も、パンを焼く小麦もすごくいいものを使っているのだもの、美味しくて当然よね―


 マルシアに料理を習っているランの感想だった。ほどほどの材料を使っておいしく料理するマルシアの方がランの評価では上だった。もっともこれは、それほど上等ではない材料しか使えなくてタギに食事を用意するようになったランの偏見かもしれなかった。




 タギがセシエ公に会ったのは三日後だった。前日の夕方、ウルバヌスが来て、次の日にセシエ公に会うからそのつもりでいてくれと予告していった。わずかではあるが憔悴しているように見えるウルバヌスの様子に頸をかしげながら、敵意がみられないことからタギは気にしないことにした。マギオの民の有力な一員であり、同時にセシエ公の近くにいるというのはずいぶんとストレスが多いことだろう。タギはその程度に考えていた。確かにウルバヌスの置かれている立場は気の休まる暇のないポジションだった。アティウスが粛清されたことを聞いても、自分の意見を表面に出してはならなかったし、そんな内部事情をセシエ公に知られる訳にもいかなかった。












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