第23話 王都にて 4
タギはセシエ公の仮館の中庭に案内された。ランは連れてきていない。セシエ公に会わせるのをタギが避けたからだ。ランも同じ思いだった。ランの身元がセシエ公に知られると、タギにとって不利な連鎖を引き寄せるかもしれない。今タギはセシエ公と協力してアラクノイを倒すことを考えている。その邪魔になるようなことはしたくない。
朝夕の風は冷たくなり始めていたが昼間は気持ちのいい温かさで、大きなパラソルの下で書類に目を通しながらセシエ公は待っていた。ウルバヌスに先導されて中庭に入ってきたタギを鋭い目で一瞥すると、書類を置いて立ち上がった。側にいたテカムセが書類をまとめて手に持った。ウルバヌスがセシエ公に一礼した。
「タギ・シェイナ殿をお連れしました」
「ご苦労」
セシエ公が頷いた。もう一度タギを上から下まで見て、それからもう一度座った。ウルバヌスがセシエ公の傍によって護衛の位置に着いた。ウルバヌス以外に体格の良い男たちが三人、完全武装でセシエ公の後ろに立っていた。テカムセも腰に剣をつっていた。タギがセシエ公に頭を下げた。踵をそろえて直立し、右手掌を左胸にあて上体を折る。貴人に対する礼だった。これで片膝をつけば王に対する礼になる。
「タギ・シェイナと申します」
頭を上げたタギの視線が一瞬、中庭に面した右手の部屋に向かい、すぐにセシエ公の方に戻った。
セシエ公はタギよりはるかに上背があり、上体は分厚く、贅肉などない引き締まった体をしていた。なによりその前に立つと威圧感、圧迫感はただならなかった。似たような圧迫感を剣を構えた祖父からも受けたことがあるのをタギは思い出した。しかし祖父は剣を持って構えていたのに、セシエ公はただ座っているだけだ。勿論意識してやっているのだろうが、それでもこんなことができる人間がどれくらいいるだろう。部下という立場であれば、セシエ公の意思に逆らおうなど、考えることもできないだろう。
「やはり、そうか。バルダッシュで私の足に絡みついた巨大獣の鞭毛を切り落として、巨大獣に火をつけることを唆したのはお前だな」
やはり顔を覚えられていた。
「はい」
セシエ公の口元がわずかにほころんだ。機嫌がよくなった徴だった。尤もセシエ公よく知る人間でなければそんなことには気づかない。セシエ公が合図をして、ウルバヌスとテカムセはその場にとどまったが、後ろに控えていた護衛の男たちが十歩ほど離れていった。セシエ公が正面からタギに向き直った。
「お前が光の矢を撃つ鉄砲を持っているというのは本当か?」
いきなりの直球だったがタギは意外に思わなかった。余計な挨拶や腹の探り合いで時間を無駄にするのを嫌うタイプだ。
「はい。持っております」
タギの答えにセシエ公が満足そうに頷いた。
「そうか。お前はあの鉄砲をなんと呼んでいる?いちいち光の矢を撃つ鉄砲などと冗長な呼び方はしないだろう」
「レーザー銃と呼んでおります」
「レーザー銃…」
セシエ公は何度かその言葉を反芻した。そして次の問いだった。
「お前は遠い国から来たと聞いたが、そうなのか?」
「はい。遠い国と言うより、違う世界ではないかと思っております。どういうわけか私はその境界を超えましたが、普通には行き来できない所かと」
「だがお前はこちらへ来た。アラクノイも、どういう訳かこの世界とお前がいたという世界を行き来できるようだ」
「アラクノイはこちらで生まれたものと考えております。シス・ペイロスでアラクノイの泥人形を大量に作っているのを見ました。あれが何らかの理由で我々が呼んでいた“敵”になったものかと」
「その泥人形についてはマギオの民から聞いたことがある。アラクノイに比べると小さなものだと言っておったが」
「泥人形は“生きて”おりました。それが何らかのステップを踏んで大きくなったのだろうと考えております」
全ては想像に過ぎない、しかし泥人形が大きくなってアラクノイになること、戦闘獣が付くこと、武装することなど“敵”になるまでにいくつものステップがあるとタギは考えていた。そのステップを踏むのがこの世界なのかタギが元いた世界なのか、あるいは全く別の世界なのか、分からなかったが。
「その“敵”と戦っていたのか?レーザー銃を使って」
「はい」
「その遠い国では皆、レーザー銃を持っているのか?」
「レーザー銃やそれに準じた武器が主流でした」
「武器というのはどんどん進歩していくものだ。だがあのように威力のある武器を使った戦いなど想像したくもないな。死ぬ人間の数が桁違いになる」
「はい。敵国の民を
「ここでもお前はアラクノイを“敵”にしているようだな」
タギの眼が酷薄な光を帯びた。
「奴らとは共存できません。最後の一匹まで追い詰めて殺します」
周囲の空気が冷えた。テカムセとウルバヌスが思わず腰の剣に手を伸ばしそうになった。離れている護衛達のびくっと震えるのが分かった。
タギを見つめるセシエ公の目が鋭くなった。
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