第22話 粛清 1

「王都へ来てセシエ公に会えと?」


 結局宿泊している部屋で話すことになった。木の椅子にウルバヌスが座り、その正面においた長いすにランがタギと並んで座った。ウルバヌスがわざわざここまで来た理由を説明すると、どうするのと言うようにランがタギを見た。タギがランに頷いてみせた。


「ええ、セシエ公はあなたがどんなことができるのか、詳しく知りたいようです。セシエ公の軍とどう共働できるかも打ち合わせたい意向のようですね」

「行かなければどうなる?」

「あなたに強制することはできないでしょうが、あなたがセシエ公の軍と、ひいては我々と協力することはできなくなるでしょう。アラクノイを片付けるのに不都合になると思いませんか?」

「しかし・・」


 ウルバヌスにはタギがためらう理由が分かった。


「レーザー銃は携帯していてもいいそうですよ。セシエ公と会うときも」


 まさかという表情でタギがウルバヌスを見た。


「セシエ公から直々に言質をとってます」

「信じられないな、セシエ公というのはとてつもなく剛胆なのか、莫迦なのか」

「タギが協力関係にある間は自分に害をなす理由がない、と信じておられるからでしょう」


 武装解除をしなくてもよいという条件をつけても自分に会うことを優先するのか、タギはセシエ公に興味をもった。


「分かった。行こう」


 ウルバヌスがあからさまにほっとした顔になった。


「それで私の面目も立ちます。できるだけ早く王都に向け出立したいと思いますが、いつごろ起てますか?」

「私は元々アルヴォン飛脚をしているんだ。その気になれば今すぐにでも出られる」

「奥様の都合もあるでしょうから、明後日でいかがです?」


 それでいいかと言うようにタギがランを見た。ランが頷いた。


「それでは明後日の朝出立ということで、関所を出てカルフォスまでは徒歩でお願いしたいと思いますが、その先は馬車を用意します」


 カルフォスはセシエ公が整備した街道網の中の宿場町だった。レリアーノ伯爵領に一番近く、領境の関所を超えて徒歩半日ほどの距離にあった。ウルバヌスは明日、カルフォスまで行って馬車の手配をするつもりだった。




「一緒に行きますか?」


 王都へ出立する日の朝、ウルバヌスがタギを迎えに出るときに、アティウスに訊いた。


「私が何をしに行くんだ、王都へ?」


 マギオの民の中でタギと一番つながりが強いのがアティウスだったからそう訊いてみただけだった。だからアティウスが行かないと言えばそれまでだった。ウルバヌスはアティウスに軽く頭を下げて挨拶をして、門を出て行った。


「さて、タギも居なくなるし、私もこれ以上レリアンに居る理由がなくなったな。クリオス、明日にでもレリアンを出るぞ」

「どちらへ?」


 質問したのはロンディウスだった。


「そうだな、これから寒くなるからな、暖かい方へでも行くか」


 アティウスの気まぐれはいつものことだった。それを聞いてクリオスもシレーヌも頷いただけだった。ロンディウスも頭を下げた。口角がわずかに上がっていたが、アティウス達三人は気づかなかった。


「どちらへ行くおつもりですか?」

 

 ロンディウスが離れていったあと、シレーヌが訊いた。こうした打ち合わせは屋外ですることが習慣づけられている。マギオの民の屋敷だ。屋内ではどんな仕掛けがあってどこから話の内容が漏れるか分からない。レリアンを本拠にしていない以上、アティウス達にとってここは異地であり、完全に気を許せるところではない。どんな話をしているのか知られても良いと思えるほどには、レリアンにいる民を信用していなかった。


「オービ川を南に下ってオービノーまで行ってみようと思っている」

「王国の東の端を見るということですか?」

「そうだ、オービ川の向こうにはシス・ペイロスしかないせいで、どうしても西側に比べて注目度が低かったからな。マギオの民の情報網も薄い」

「そうですね」

「カリキウスが蠢動していると分かった後でも、あいつの領であるアラウエに人を送れなかった。結果あの騒乱だ。ずいぶんセシエ公の不興を買ったようだな」

「ラスティーノで損害を受けた後でしたし、続いてあの怪物騒ぎでしたから人がどうしても足りなかったのでしょう」


 それだけではない。アティウスがもたらした情報だったから、ガレアヌスにとってあまり重要視したくなかったのも確かだった。ミランダが突き止めたあの大地主の屋敷も、カリキウス勢の王都における、言わば司令部であったことが分かっている。本来、カリキウスの城内館じょうないやかたも終日監視の対象だったはずだ。それを夜の一部の時間だけミランダに監視させてよしとしていた。何もやってないわけではないという見せかけに過ぎなかった。そこにカリキウスの連絡役が引っかかったのは僥倖と言って良かった。しかし怪物騒ぎの所為でミランダの情報は放置され、それ以上の追求はなされなかった。怪物騒ぎが一応の収束を見た後でも注目されなかった。僥倖を生かすことさえできなかった。もっときちんと監視していたら、あんな不意打ちは喰わなかった可能性がある。セシエ公にもその間の事情は当然分かっているはずだ。






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