第21話 ウルバヌスとセシエ公 3
去って行くウルバヌスの背中が廊下を曲がって見えなくなると、テカムセが感心したようにセシエ公に言った。
「さすがのマギオの民も公爵様にはしらを切り通すことはできないようですな」
「まあ、しかし私が直に切り込まなければ話さなかったわけだ。ウルバヌスはマギオの民にしては私に気を許しているところがあると思っていたのだが、これだけのことを隠していたとはな・・・」
「マギオの民はどこまで行ってもマギオの民でございましょう。使い続けられるおつもりならどこかで完全に支配下に置く必要があるのでは?」
「シス・ペイロスから余計なものが出てきたが、王国の統一も遠くはないだろう。そうなれば暗部の扱いも変わってくる。
マギオの民がセシエ公の暗部として働く気がなければ、独自に育てなければならない。その場合、マギオの民はセシエ公にとって除去すべき障碍になる可能性が高い。そこまで考えて、先走りしすぎていることにセシエ公は気づき、苦笑した。
ウルバヌスはランドベリからレリアンまで四日で着いた。セシエ公が整備した街道の宿場網を使う資格を持っているため、宿場ごとに馬を変えて乗り継げば同じ馬に乗り続けるよりずっと早く着く。さすがにレリアーノ伯爵領に入るときにはその前の宿場で馬を降りていたが、関所は巧みに偽造した手形を示して通った。
レリアンに着いてまず訪れたのはレリアンにおけるマギオの民の根拠地だった。富裕な市民達が屋敷を構える地区の一角で、高い塀を巡らせたレリアンでも大きめの屋敷だった。屋敷の責任者、つまりレリアンのマギオの民の統括責任者のロンディウスに迎えられて、ウルバヌスはまず、屋敷に滞在しているアティウスに会った。
「おまえがそうも易々タギのことを口にするとはな」
ウルバヌスがセシエ公に命じられてタギを迎えに来たことを告げたときのアティウスの反応だった。マギオの民は耐拷問、耐尋問の訓練を受ける。彼らから情報を引き出すのは至難だった。ウルバヌスはややうつむき加減にアティウスの言葉を聞いていた。セシエ公に直に尋問されているときの重圧感、圧迫感、そして逃げ道をふさがれて追い詰められていく絶望感は実際にその場に立ち会わなければ分からないものだろう。
「だがまあ、セシエ公は今は敵ではないし、シス・ペイロス遠征を成功させるために重要な要素であるタギについてセシエ公が情報を得ることは、悪くはないのだろうな」
アティウスは、ウルバヌスがタギのことをセシエ公に告げたのは結局、セシエ公が味方であるという安心感、そしてウルバヌスがセシエ公の身近に長くいたという事情が影響しているのだろうと思っていた。セシエ公と直截に対峙したことがなかったからだ。
「私はタギの説得には加わらないぞ、ウルバヌス。自分でやるんだな」
「そのつもりです。直接にセシエ公の言葉を伝えることができますので」
「タギは『蒼い仔馬亭』という宿屋に滞在している。女ができて腰を落ち着けている」
「女が?」
「そうだ、シス・ペイロスに入ったときに、その女をマギオの民で護衛するのがあいつと協力する条件の一つだ。覚えておくのだな」
「明日にでも案内させましょう」
横でアティウスとウルバヌスの話を聞いていたロンディウスが言った。
翌日の早朝、ウルバヌスが『蒼い小馬亭』を訪れたとき、タギとランはヤードローの森へ出かける直前だった。宿の玄関を出たところで、見知った顔が近づいてくるのにタギが気づいて足を止めた。ランは歩いてくる男を見て、その男に視線を固定して立ち止まったタギを見た。タギが自分を見つめているランに気づいた。
「ランは始めてだったね。彼はウルバヌスという。アティウスと同じ所から来ている」
タギはあえて“マギオの民“という言葉を使わなかった。宿の玄関の外で、言わば公共の場所で誰が聞いているか分からないからだ。マルシアにも、たびたびタギを訪ねてくるアティウスをマギオの民だとは言ってなかった。マギオの民という言葉は一般の人にはひどく不吉な響きを持っていた。
「ウルバヌス」
タギの方から声をかけた。ウルバヌスがタギの前で立ち止まった。
「珍しいな、お前が来るなんて」
ウルバヌスが軽く頭を下げてタギとランに挨拶した。
「初めまして奥さん。ウルバヌスと申します」
「初めまして、ランです」
「アティウスはどうしたんだ?」
アティウスはタギとマギオの民の連絡役のようになっていた。シレーヌやクリオスを代理に立てることはあったが、何か用事のあるときは大体はアティウスが直接来ていた。今回のように顔見知りとは言え、いきなり他のマギオの民がアティウスの仲介もなしに来ることはこれまでなかった。何かこれまでとは違うことがあったのだ、タギはそう思った。
「今日は私の用事です。どこか話ができる場所はありませんか?」
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