第21話 ウルバヌスとセシエ公 2

 セシエ公の命令を受け、承諾の印に軽く頭を下げて、もう一度セシエ公に向き直ったとき、


「ところで、アラクノイが使っている光の矢を撃つ鉄砲だが」

「はい?」

「お前たちの中に同じ武器を使う者がいるというが本当か?」


 一瞬、ウルバヌスの心拍が跳ね上がった。辛うじて表情に出すことはなかったが、その一瞬の狼狽だけでセシエ公には十分だった。


「そうか、本当なのか」

「こ、公爵様!」


 普段のウルバヌスからは思いも付かないような狼狽うろたえた声だった。セシエ公は普段と変わらない落ち着いた声で、


「マギオの民はいったいどうやってあの武器を手に入れたのだ?しかも人間が使えるやつを。この前見せてくれたのはどうやっても作動しない光の矢を撃つ鉄砲だったな。アラクノイにしか使えない物だと」


 ウルバヌスは二度、三度大きく息をついた。落ち着かなければならない。対応に誤りがあるとウルバヌスだけではない、マギオの民全体にその付けがのしかかってくるだろう。しかしセシエ公をごまかせるとは思わなかった。こうしたときのセシエ公は恐ろしく正確に虚偽を見抜いた。それはウルバヌスのような熟達のマギオの民にとってもそうだった。


「・・・公爵様、あの鉄砲を持つ者は、マギオの民ではございません」


 先を言えとセシエ公の表情が促していた。


「マギオの民との協力を承知した者で、あのような武器を使って長くアラクノイと戦ってきたと申しております」

「ほう、だが私は双方があのような武器を使う戦いのことなど聞いたことがないぞ」

「遠い世界のことと考えております。おそらくこの地表のどこかではない、行き来もままならない世界ではないかとその者は申しております」

「まるで神話だな。お前たちマギオの民がそれを信じているのか?」

「他に考えようがないのです。アラクノイも巨大獣も翼獣も、我々はこれまで全く知りませんでした。これまでこの地上に存在するなどと考えたこともないものです。それを目の前に見ました。そして光の矢を撃つ鉄砲を使う人間も我々が知らなかったことです。自慢するわけではありませんが、我々の目は遠くまで見ています。その我々に見えなかったものはやはり普通のものではないと考えざるを得ません」


 実体験として知っているのだ、そこから導き出される結論はやはり重い。現に存在するものを否定することはできない。そしてそれらを知っているのはセシエ公も同じだ。


「その世界ではあの鉄砲を武器として、空を飛んだり、人や建物を踏み潰す獣を使って戦をしているのか?」


 だからセシエ公もそんな世界の存在を前提として話を進めてくる。


「はい、そのように推測しております」

「ではその者は翼獣や巨大獣についても詳しいわけだ」

「はい、おそらくは」

「ふむ、そいつは黒い髪の、小柄な若い男だろう?」


 またウルバヌスは息をのまされた。


「・・・はい」

「ウルバヌス、お前もいたな。バルダッシュで私に、巨大獣に火をかけるように進言した男だ。あいつだろう?ウルバヌス」


 たたみかけるようなセシエ公の問いにウルバヌスは肯わざるを得なかった。


「はい」

「タギ、と呼んでいたな、お前は、あいつを。マギオの民とばかり思っていたが」


 セシエ公はウルバヌスをまっすぐに見つめた。


「それで、タギ、というあの男は此度の遠征に際してシス・ペイロスへ来るのだな、マギオの民と一緒に」

「はい。そのように約束しております」

「そうか、一度話してみたいものだな」


 ウルバヌスが微妙な顔をした。タギがセシエ公の前に出るのを承知するだろうか?そうなれば武装解除しなければならないが・・・。それにマギオの民抜きでセシエ公とタギの間にどんな話が出るのだろう。ウルバヌスは、タギがマギオの民について知っているであろうことを思い浮かべた。タギの口から出て都合の悪いことはあるだろうか?タギがセシエ公にどんな話をするのか?おそらく同席は許されまい。だがその前に、セシエ公に言っておかなければならない。


「公爵様、タギは公爵様の前に出るときでもあの武器を手放すとは思えませんが・」

「私にとって危険な男と申すのか?」

「いえ、タギにとっての第一の敵はアラクノイでしょう。公爵様がアラクノイと敵対している間は、タギは公爵様に敵対することはないと思います」


 セシエ公はふっと笑った。


「アラクノイと敵対している間は、か。面白そうな男だ。ますます話をしたくなった」


 セシエ公がそう決めてしまえば、ウルバヌスには逆らうことはできない。武装解除の件はセシエ公の判断に任せよう。


「で、タギは今どこにいるのだ?」

「レリアンにいると聞いております」

「レリアン?」

「はい」


 セシエ公はほんの少しの間考えたが、


「ではウルバヌス、お前がレリアンに行ってタギをランドベリに連れて参れ、タギという男がどんなことができるのか、何を知っているのか、何よりどこまで協力する気があるのか確かめておきたい。それに謁見の時にも武器を身につけていて良いと申せ」


 武装解除しなくてよいというのは、破格の条件だった。だがそれでもタギが承知するだろうか?しかしセシエ公の意思に逆らうことはできなかった。


「畏まりました」

「下がって良い」


 ウルバヌスは一礼してセシエ公の前を辞した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る