第21話 ウルバヌスとセシエ公 1
ウルバヌスが再度ランドベリでセシエ公の下に来たのは、セシエ公がそうするようにガレアヌスに命じてから二十日近くたってからだった。マギオの民を最大限動員するための雑事を片付けていたからだ。厳重なボディチェックを受けて、ウルバヌスが連れて行かれたのは下士官用の宿舎の一室だった。テセウスとの交代だったが、テセウスは士官用の宿舎を割り当てられていたし、以前ウルバヌスがマギオの民の指揮を執っていたときはセシエ公の私室にごく近い部屋を持っていた。セシエ公の側近が不満を持つほどだった。一般兵用の宿舎に他の兵と少し離れて収容されているマギオの民との情報交換で、セシエ公とガレアヌスの間のやりとりの次第をほぼ正確に知った。セシエ公の周囲のマギオの民に対する雰囲気は明らかに以前よりとがったものになっていた。
セシエ公の顔も見ることなく五日ほどたってから、ウルバヌスはセシエ公の執務室に呼ばれた。
ドアの外に立つ護衛に止められて、ウルバヌスはその場に控えた。護衛とは顔なじみだった。以前ならば止められることもなく、ウルバヌス自身でドアをノックして入室するのが普通だった。護衛の一人がドアとウルバヌスの間に立ち、もう一人がドアをノックした。
「ウルバヌスが参りました」
以前ならばウルバヌス“殿”と呼ばれた。
「入れ」
室内から
「入るがよい」
今度はセシエ公の声で入室を促された。ウルバヌスはセシエ公の執務室に入って行ってまた頭を下げた。わずかの間に部屋の中に執事のテカムセのほかに護衛の兵が三人いるのを見てとった。完全武装で抜身の短鎗を持っている。短槍なのは室内での使用を想定しているからだろう。かってウルバヌスがセシエ公の下でマギオの民を指揮していた時よりはるかに物々しい警備体制になっている。以前は直衛隊の兵より側近くにいたウルバヌスに対してさえ、セシエ公の護衛をつとめる兵達の警戒感は非常に強いものだった。
「久しいな、ウルバヌス」
声をかけられて、ウルバヌスは顔を上げた。
「はい」
「元気そうで何よりだ」
「公爵様にもつつがなく」
「ああ、危ういところではあったがな。私の悪運もまだ尽きてはいないようだ」
同意するようにウルバヌスはもう一度軽く頭を下げた。
「お前を寄越すようにガレアヌスに命じてから、実際にお前が来るまでにずいぶん時間がかかったな」
別に責める口調ではなかった。ウルバヌスの到着が遅れたため何か影響があったわけではない。しかし例え軽口に聞こえるような話題であっても、今のマギオの民の立場ではうかつな答えができるはずもない。一つ一つ慎重に考えながら答えなければならないし、その考慮に時間をかけるわけにも行かない。
「申し訳ございません。動員にともなう雑事というのは後から後から出てくるものですので、気は急いておりましたがこんな時期になってしまいました」
ウルバヌスの口調が以前よりずっと丁寧でよそよそしいものになっている。セシエ公は気にしなかった。
「うむ、ガレアヌスからの書状にもそんなことが書いてあったな。それでマギオの民はどれほど出せるのだ?」
「戦闘に加わることができる人数で三百ほどかと。後方の要員も入れれば三百五十ほどになります」
「ガレアヌスもそんなことを言っていたが、そんなものなのか?」
セシエ公の口調にいくらかいらついたものが混ざっていた。
「マギオの民全員が戦場で役立つようには訓練されているわけではありませんし、この前のシス・ペイロスへの強行偵察の痛手からまだ回復しておりません。もう少しすれば多少は増やすことが可能かと」
どう押していってもこれがマギオの民の言い分だろう。セシエ公は話題を変えた。
「指揮はガレアヌスの息子が執ると聞いたが」
「はい、ファルキウス・ハニバリウス様が指揮を執ることになります」
「ファルキウス?」
セシエ公は首を捻った。その名前に心当たりはなかった。考えてみれば、ガレアヌスとウルバヌス、そしてセシエ公の
「まだ公爵様にお目通りしたことはないかと存じます」
「ガレアヌスの後を継ぐ立場にあるのか?そのファルキウスという男が」
「はい、ガレアヌス様のご長子ですので」
「腕は立つのだろうな?」
考えようによっては失礼な質問だった。
「はい、個人的な戦闘力ではマギオの民の中でも上位に入るかと」
セシエ公がマギオの民の
「此度の遠征ではあのような化け物と戦うのだからな、しかも相手の本拠地だ。マギオの民には期待している。その
「御意」
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