第20話 ランとタギの日々 其の二 3
いつまでも王室の事情について話していても仕方がない。タギが話題を変えた。
「それでシス・ペイロスに出兵するのは来年の春になるのか?」
「そうなりますね」
「セシエ公はどれ位の兵を出すつもりなんだ?」
「おそらくサヴィニアーノの隊を出すと思われますね。ラディエヌスとファッロの隊はこの前の戦闘でボロボロになって再編中、セネギナウスの隊は西の押さえから外せないとなれば、アルヴォンから引き揚げたサヴィニアーノの隊しか残りませんからね。戦闘員で最大四千、カリキウスの争乱のあとですから全員を連れて行って王国内のほかの場所を空っぽにするわけにはいかない。二千から二千五百というところが現実的なところでしょう。セネギナウスの隊からいくらかを割いてサヴィニアーノの隊に組み込むことはできるでしょうが、戦闘集団としてのまとまりを重視するセシエ公がそんなことをするとは思えない」
「マギオの民も出るのだろう?」
「ええ、全力での出兵を命令されてます。三百五十から四百人くらいですかね」
「ご苦労なことだ」
「あなたも一緒ですよ。奥様も連れて行くのでしょう?」
タギがランの方を見た。ランがしっかりとタギを見返した。
「ああ、そのつもりだ。おいていくと言っても今回は承知しないだろう」
ランが嬉しそうに頷いた。
「奥様の護衛にはシレーヌを当てましょう、カシェオの一族には腕の立つ女が結構な数いるから丁度いいでしょう」
アティウスが後ろに立っているシレーヌを振り返りながらそう言った。シレーヌは一瞬何か言いたそうな表情になったが直ぐに無表情に戻った。
「動員されたマギオの民の指揮はアティウスが取るのか?」
アティウスが口をとがらせて大きく息をついた。
「いいえ、
ハニバリウス一族の中でルクス家とアティウスの属するガルバ家は最も有力な家だった。何世代にもわたって熾烈な権力闘争を繰り返し、今はガルバ家にはアティウスしか残っていなかった。ルクス家はガレアヌスが失脚することがほぼ確定しているが、そのあとをその息子のファルキウスが襲うことになる。つまりルクス家がそのままマギオの民の頂点に立ち続ける。両家の間にはそれだけの力の差があった。ファルキウスはアティウスの目から見て、体が大きくて力が強いだけのつまらぬ男だった。マギオスの法の習得度も平凡、周囲を従わせるようなカリスマもない。それを素直に認めて周囲の助言を入れるだけの器量もなかった。それでもルクス家の跡継ぎというだけでマギオの民の長、ハニバリウス・ハニバリウスを襲名する。ガレアヌスにはまだマギオの民を従わせるだけの力量があった。ファルキウスが治めるようになったとき、どれだけアティウスが我慢できるか、アティウス自身にも分からなかった。
そんなマギオの民の内部事情などタギは知らなかった。マギオの民の支配一族の有力な一人としてファルキウス・ハニバリウスという名だけを覚えた、それだけだった。
「それで一つ頼みがあるのですがね」
アティウスが話題を変えた。
「なんだ?」
「あなたたちの親しくしているヤードローのことですよ。シス・ペイロスに一緒に行ってほしいのですがね」
タギが眉根を寄せた。
「なぜだ?」
「シス・ペイロス、黒森について知っている人間が我々の側にいないからですね。だからヤードローの知識は貴重です」
「ヤードローだって自分が回っていた行商の経路に沿った所しか知らないぞ」
「それでも我々よりもずっと詳しい」
「だが、マギオの民の方はいいのか?私が共同行動を取ることさえなかなか納得させられなかったのだろう?ましてヤードローの場合は、役に立つどうかも分からない知識を持っているというだけだろう?」
「黒森の中の一部の地理を知っているだけでも貴重な知識ですからね。それにシス・ペイロスの民のことを知らないだけで無用の争いが起こる可能性がありますから。彼の知識がそんな時に役立つと思ってますよ。共同行動を取ることについては納得させますよ」
「じゃあ、お前たちでヤードローに説明してくれ、彼が自分で決めるだろう」
「そうしましょう。でもヤードローの小屋まで案内してくれませんか?場所は知っていますが、我々だけでいきなり行って歓迎されるとは思えない。タギと一緒に行けば、けんもほろろに追い返されるということもないでしょうから」
「分かった。今日は行き損ねたから、明後日かな。朝食を摂ったら出るから時間を見計らって『蒼い仔馬亭』まで来てくれ」
「そうしましょう」
それ以上の話はなかった。タギとランがマギオの民の館を出たときはまだ明るかったがもう午後遅くなっていた。
結局ヤードローは簡単に同行を承知した。ヤードローを説得に来たアティウスとシレーヌが帰った後、タギは
「なぜだ?」
と訊いてみた。
「ランも行くんだろ?」
「ああ」
「だったらついて行ってやるよ。ランを連れて戦闘って訳にはいかないだろう?タギがランから離れている間、ランの側にいるのがマギオの民だけというのは気に入らないからな」
確かにその通りだった。この前のシス・ペイロス行きで、タギもランもヤードローを信頼している。一緒に行ってくれれば有り難い。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
二人から礼を言われてヤードローは照れた。
「なに、あんたらのおかげで酒以外にも楽しみができたからな。置いて行かれたらまた酒しか楽しみのない日々になる。気に入らない奴らの顔を見続けるのはしんどいが、ちゃんとランの役に立ってみせるぜ」
ヤードローを巻き込むことは申し訳ないと思ったが、タギもランも、気を許せる相手が全くいないところへ、ヤードローが一緒に来てくれることで少しは安心できるのだ。
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