第20話 ランとタギの日々 其の二 2

 ランがタギに付いて森へ行った時に、ヤードローの肉と酒だけの食事を見て、


「お野菜も食べないと体を壊すわ」


 野菜と聞いてヤードローが苦い顔をした。それでも忠告してくれたランの顔を立てて、


「あんたが料理してくれるなら喰うぜ」


 野菜嫌いの子供みたいな言い分だな、タギはそう思ったが、ランは顔いっぱいに笑顔を浮かべて、


「はい、私、料理が上手になったとマルシアさんに褒められているんです。この次用意してきます」


 ヤードローはしまったという顔をしたが、にこにこしているランにそれ以上は言えなかった。それでランは籠いっぱいに野菜を詰めてタギと一緒に森に行くことになった。




 タギとランは食堂に入ってきたデガルドとマルシアに挨拶して、出発した。二人の足でも森まではかなりかかる。狩りをして、獲物を処理して、その間にランが料理をするならできるだけ早く出た方が良い。シス・ペイロスに連れて行った馬は既に手放していた。維持に費用が掛かりすぎた。だから二人とも徒歩だったが、一般人よりずっと速く歩くことができた。


 レリアンを出て、森までの距離の半分くらいまで来た頃、タギは馬の足音が追いかけてくるのに気づいた。


 (二頭、だな)


 すぐに追いついてきたのはアティウスとシレーヌだった。


「ふうっ、やっと追いついた。二人連れというからもっとのんびりしていると思ってましたよ」


 そんな軽口を相手にせず、タギが馬から下りたアティウスに訊いた。


「何か用事か?それともこんな時期から出兵することにでもなったのか?」


 今頃からシス・ペイロスに兵を出せば、オービ川を渡って軍を進め、それから戦闘に費やされる時間を考えるとまず確実にシス・ペイロスの早い冬にかかってしまう。たとえ冬にかかっても一刻も早く始末をつけてしまいたいとセシエ公が思っている可能性もあると、タギは考えていた。セシエ公なら冬にかかってもいいくらいの周到な兵站の準備もできるだろう。オービ川を渡っていれば雪解けを待っての行動も早くなる。そう考えたからレリアンで待機していたのだ。しかしアティウスが苦笑しながら首を振った。


「いや、情勢の変化がありましたので、今からの出兵はありませんね」

「情勢の変化?」

「それを説明しようと思って追いかけてきたのですよ。もう一つ頼みもあるのですがね」

「ややこしい話か?」

「そうですね、かなり」


 時間が掛かるのなら、道端で話し込むわけにもいかないだろう。ヤードローの小屋は?いや、ヤードローはマギオの民が自分の小屋の中に入り込むのを嫌がるだろう。


「レリアンに帰ろう、どこか適当な場所で話を聞くのが良いだろう」


 ランが軽く抵抗した。ランにとってはアティウスよりヤードローの方が大事だった。


「でも、ヤードローさん、私たちを待っているかも」

「仕方ない、アティウス達をヤードローの小屋に連れて行くわけにはいかない。あいつはマギオの民が嫌いだからな」


 結局シレーヌとラン、アティウスとタギが二人乗りしてレリアンに帰ることになった。


「私たちの館にしましょう。誰かに聞かれる恐れもない」


 タギと二人乗りになったときにアティウスがそう提案した。


「他のマギオの民に聞かれるのはいいのか?」

「マギオの民なら皆知っていることですから」


 館に入ると、タギは表に見えている人間―門衛や馬を受け取りに出てきた厩番、庭仕事をしている男たち―以外にも何人かの眼が自分たち二人―タギとラン―を見つめているのを感じた。それは館の中に入ってシレーヌに案内されて客間に通される時も同じだった。姿は見えないが油断なく監視している者たちがいた。少し感覚の鋭いものなら直ぐに気がつく、監視していることをわざわざ見せつけるような遣り方だった。客間に通されたタギとランの前に薫り高い茶と軽くつまめる菓子が置かれた。タギは遠慮なく茶を飲み、菓子をつまんだ。ランは固い顔で茶に口をつけただけだった。待つほどもなくアティウスとシレーヌが入ってきた。背の低い机を挟んで、タギとランが隣り合って座り、それに向かい合ってアティウスが座った。シレーヌはアティウスの後ろに立っていた。


 館でアティウスが語ったのはカリキウスの乱の顛末と、その後始末のためこの年の内の出兵ができなくなったことだった。タギがあきれたような顔をして、


「そのカリキウスという男、何をしたかったんだ?」

「分かりませんな。ただ単にセシエ公を排除したかっただけにしか見えません。なにしろその後のことを考えた根回しをした形跡が全くありませんからね。残っている大貴族に働きかけたわけでもないし、自分の手勢を増やそうとしていたわけでもない」


 タギは肩をすくめた。他人の思惑など気にしても仕方がない。カリキウスの暴発の結果、カリキウスというフィオレンティーナ女王にごく近かった貴族がいなくなり、フィオレンティーナ女王自身も引退に追い込まれ、セルフィオーナ王女がその後継になるだろうという事実を知っただけで十分だった。


横に座ったランがアティウスの言葉を聞いて、


「セルフィオーナ殿下が女王になられるのですか・・・」


 セルフィオーナの名を口にするときのランの口調に、いくらか感情が籠るのを感じてタギが訊いた


「セルフィオーナ王女を知っているのか?」

「はい、お会いしたことがあります。とてもおきれいで、活発な方です」

「ずいぶん若い女王だな。セシエ公が公私ともにバックアップするのだろう」

「そうですね。我々の情報でもセルフィオーナ殿下はフィオレンティーナ陛下と違ってセシエ公にかなり好意的だということですからね」





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