第15話 バルダッシュ攻防 4章 戦いの後で 1
兵士達は篝火を囲んで談笑していた。損害は大きかったが勝ち戦だった。味方の死者を葬り、負傷者の手当をし、一通り戦場の片づけをした。まだぶすぶすと燃え続けていた巨大獣の周りに木を積み上げ、油を注ぎ足して火勢を大きくし、アラクノイやシス・ペイロスの蛮族どもの首のない死体を投げ込んだ。まだ死にきっていない者もいたが、兵士達は頓着せず首を落として火に投げ込んだ。人肉の焼ける匂いがたちのぼっていた。盛大に燃える火の周りで兵士達は酒を呑んで盛り上がっていた。
火だるまになりながら東門の方へ逃げようとしていた巨大獣の、その周囲を飛び回っていた翼獣を仕留めた一斉射は、セシエ公の直接の指揮だった。それに加わった兵はまだ興奮に顔を赤くしてしゃべっていた。酒と肉をほおばり、唾を飛ばし、身振りたっぷりにしゃべっていた。誰もがその話を聞きたがり、兵は飽きもせず同じ話を繰り返した。
「俺たちは鉄砲を持ったままどうしたらいいか分からず、うろうろしてたんだ。そしたら公爵様に号令をかけられて、東街路を先回りして壊れていなかった建物の四階まで駆け上がったのさ!あのでかい奴が燃えながら近づいてくるだろう?もう生きた心地もしなかったけど、公爵様はでかいのを撃ってはならないとおっしゃるのさ。それで飛んでる奴を狙って、全部で十人ちょっと居たかな?公爵様も鉄砲を持たれてさ、狙え!撃て!てな調子で一斉射撃だ。果たして当たるのかと思ってたら真っ逆さまに地面に落ちやがった。いや~胸がすーっとしたね」
同じように酒に顔を赤くした兵士が、骨付き肉を振り回しながら話に割り込んだ。
「何言ってんだ。東門のところででっかい方を燃やしたのは俺たちだぜ。いやもう気持ちよく燃えること。ほんとにでかい松明みたいだったぜ」
兵士達がどっと沸いた。その興奮はなかなか治まりそうもなかった。それぞれがその日の自分の活躍を、唾を飛ばし、声をからして喋り続けた。そして巨大獣に火をかけたにせよ、翼獣を撃ち落したにせよ、あるいは蛮族の戦士たちを相手にしたせよ、自慢の種はたっぷりとあった。
巨大獣を中心にした炎が大きいだけ、他の場所はむしろ暗かった。その暗がりの中で、興奮した兵士達の眼を避けるように動き回る影があった。マギオの民だった。
「本当か?」
尋ねたのはウルバヌスだった。ウルバヌスの前に一般兵のなりをした男が俯き加減に立っていた。顔を伏せ、明るい方に背を向けて、ぼそぼそと喋った。
「はい、確かにラビドブレスです」
「死んでいなかったのか?」
「重傷には違いないのですが、生きています。他のフリンギテ族よりも立派な皮鎧を着ていましたし、周りの男達に命令するのを見られてましたから、別扱いで火の中に投げ込まれずに縛られています」
ウルバヌスは少し考えた。しかし、考えるまでもなかったのだ。
「始末しろ、セシエ公がこのことを知ったら直々に尋問なさるだろう。ラビドブレスの話に我々にとって都合の悪いことが混ざる可能性が高い」
男はその命令を予想していた。黙って頷いて、ウルバヌスの次の言葉を待った。
「水青貝の毒を使え。一人でできるか?手の者に手伝わせてもいいが」
ごく微量で心臓を止める毒だった。毒を投与されたあとを見つけなければ一見では普通の心臓麻痺と区別できない。
男は目を伏せたままウルバヌスに答えた。他人と目を合わせるのを嫌う男だった。
「一人の方が。私と同じくらいに隠形のできる者はそうそういませんし、マギオの民と一緒にいる所を見られでもしたら、セシエ公の軍にはいられなくなりますから」
セシエ公の軍に潜り込ませてあるマギオの民の一人だった。特に勇敢に振る舞うわけでもなく、臆病さを見せるわけでもない、ごく普通の兵士の振りをしていたが、戦場働きよりも闇の中で動くことの方がずっと得意な男だった。男はウルバヌスの前からふっと闇にとけ込んで離れていった。
「役に立つ男だな」
ウルバヌスの後ろから声がかかった。ウルバヌスは振り返りもしなかった。気配はなかったが、今ここに現れても不思議はないと思っていたからだ。
「はい」
闇の中にアティウスのかすかな気配が浮き上がった。
「何とか一応の決着が付いたな」
「はい、でも逃れたアラクノイが何匹かおります。翼獣も全部は片付いておりません。遠からずセシエ公はシス・ペイロスに兵を出されるでしょう」
「そうだな、公の気性から見て王国にこれだけのことをなした相手を放っておくはずがないからな。まだ忙しい日々が続くな、特にお前にとっては」
「はい」
ウルバヌスが軽く頭を下げた。シス・ペイロスに兵を出すなら、マギオの民も動員されるのは確実だ。それも最大限に、と命令されるだろう。黒森の中での戦いになれば、マギオの民の方がセシエ公の正規兵より確実に役に立つ。動員の実質的な責任者はウルバヌスになるだろう。本当に有能な男だ、器用貧乏に近いな、アティウスはそう考えていた。
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