第15話 バルダッシュ攻防 4章 戦いの後で 2
そんな考えをおくびにも出さず、アティウスは言葉を継いだ。
「それにしてもタギの動きが凄まじかったな」
「そうですね、タギがレーザー銃を持てばうかつなことは出来ませんね」
「レーザー銃だけではないだろう。東門から逃げだそうとしていた巨大獣の感覚抦を切り落としたのもあいつだろう」
「誰もあの剣を投げた者を見ていません」
「あいつ以外に誰があんなことを出来る?」
「アティウス様なら」
アティウスが軽く首を振って肩をすくめた。
「どうかな、あんなに見事に当てられるか、やってみないと分からないな」
「今のところは敵ではありませんが、気をつけて見ておく必要がありますね」
「そうだな、目を離す訳にはいかないな。あいつからは」
しゃくだが今のところタギの動きを制する手段がない。全くないわけではないかも知れないが、今のところはそんな手段はない。この戦いでもタギは自由に動き回っていた。マギオの民にさえ動きをつかませなかった。何かの拍子にタギと敵対するようになれば非常に厄介なことになるだろう。
ラビドブレスは簡単な止血処置だけを受けて、厳重に縛り上げられて代官館の地下に閉じこめられていた。かなり出血した体はもう意識を保つことさえ難しかったが、懸命に体を起こしていた。だらしなく床に転がることは彼の自尊心が許さなかった。見張りは二人が交代で付いていたが、少し酒が入っていることと、もはや蛮族どもは他に一人も生き残っていないという気が油断を誘っていた。
館の地下は曲がりくねった通路が続き、通路の石畳は湿った空気に濡れ、表面にぬるぬるとしたカビが繁茂していた。日の差さない通路の所々に蝋燭が置かれ、頼りない灯りを放っていた。ラビドブレスのいる部屋は地下の中でも奥の方に位置し、扉を開けて続く通路の両側に小部屋が並んでいた。
その地下の奥まで見張りの交代のわずかな隙をついて忍び込んだ影があった。ウルバヌスからラビドブレスの暗殺を指示されたマギオの民だった。影は素速くラビドブレスが閉じこめられている部屋の扉にとりつき扉の上方に付いている小窓を上げた。小窓の格子越しに吹き矢の筒を差し込むと、もうろうとしたまま体を起こしているラビドブレスに向かって細い針を飛ばした。針はラビドブレスの頸に浅く刺さり、すぐにその尻についていた糸をたぐったマギオの民の手に戻った。ラビドブレスの体がゆっくりと床に倒れた。
交代した見張りが小部屋の並んだ通路への扉を開けたとき、わずかに通路を照らしていた蝋燭が消えた。突然真っ暗になってなにも見えなくなった見張りの兵士達の間を、マギオの民は音もなく通り過ぎた。
大きな荷車に太い柱が立てられていた。柱の上部に横木が渡してあり、その横木に、セシエ公の指揮で撃ち落とされた翼獣が太い釘で打ち付けられていた。ほとんど毛の生えていないむき出しの腹部にだらりと頭部が垂れ落ちていた。長い舌が突き出され、自分の腹の上でゆれていた。尾が荷車の荷台の上でとぐろを巻いていた。横木の両側にその翼獣に乗っていたアラクノイの潰れた体がぶら下げてあった。
荷車の周囲にはフリンギテ族の戦士の首が積み上げてあった。そして荷車の前にラビドブレスの体が横たえられていた。さらには焼けこげた巨大獣の頭部がラビドブレスと共に晒されていた。
代官館の城門前の広場にセシエ公の軍が集結していた。もちろん一万三千の兵の全てが集まれるわけもなく、そこにいるのはサヴィニアーノの親衛隊を中心にした兵士達と徴集されてきた兵の指揮官達だった。
騎馬の兵は五分の一くらいで残りは鉄砲を持った歩兵だった。兵士達が被っている金属製の兜が陽を受けてきらきらと光った。
誇らしげに戦果を前に整列した軍勢を見回しながら、セシエ公は一段高く作られた台に上った。兵士達から一斉に歓声が上がった。剣を打ち鳴らし、足を地面に打ち付けて兵士達は、セシエ公を称える声を上げた。
両手を後ろに回した直立不動の姿勢でしばらくその歓声を聞いたあと、セシエ公は右手を顔の前に持ってきて、そのまま横に払うように動かした。兵士達の歓声が静まった。
「我が兵士達よ!」
声を張り上げているわけではないが、良く通る、戦場で鍛えられた声だった。
「諸君の勇敢な働きで、王国に侵入してきた不遜な蛮族どもは退けられた。やつらが連れてきた怪物どもも、今諸君の目の前に無様な死体を曝している!」
ウォーという叫び声が上がった。兵士達は右手を何度も突き上げて叫んでいた。
「私は諸君達を誇りに思う」
セシエ公が話し始めるとまた兵士達は静まった。
「諸君達のような兵士を持つことができたことこそ、私の最大の喜びなのだ。此度も諸君は私の期待に違わぬ働きをしてくれた。初めて出会うあのような敵に対しても諸君は勇敢に立ち向かい、撃退した。しかし怪物どもの一部は逃げた。私は諸君にさらなる献身を求めなければならない。あのような者どもの存在を許しておくわけにはいかないからだ!最後の一匹まで殺さなければならない。たとえシス・ペイロスの奥地にまで逃げようと」
「その通りであります!アンタール・フィリップ様!」
兵士達が声を揃えて叫んだ。
「兵士諸君、この怪物どもは単に我々の敵であるだけではない!こいつらは人間の敵なのだ!こいつらを根絶やしにすることは、王国のためだけではない、もちろん私のためだけでもない!諸君の妻や子や、両親のためなのだ!」
再びウォーという歓声と、セシエ公を称える声とが交錯した。セシエ公は手を挙げて、兵士達をゆっくりと一渡り見回して、台を降りた。兵士達の歓声は長い間続き、指揮官達が二度、三度解散の命令を出してやっと兵士達は広場を離れていった。
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