第16話 レリアンへ 1
残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。
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いつの間にか夏の終わりになっていた。タギはバルダッシュからファビア街道に出るレンジア街道を北にたどっていた。アルヴォンの山中を行くときや、この前のシス・ペイロスに出かけるときに比べれば、小さな荷物を背負っただけの軽装だった。バルダッシュでの戦闘が終了し、セシエ公の軍が、ランドベリへ凱旋するために出発するのを見届けてから、バルダッシュを離れたのだった。
凱旋軍の先頭に、荷車に立てられた柱に磔にされた翼獣とアラクノイ、もう一台の荷馬車に立てられた柱に逆さに打ち付けられたラビドブレスと、その前に積まれた巨大獣の頭部が進んでいた。セシエ公は相変わらず、行軍の中程に上下真っ黒の鎧を着て、黒い艶のある馬体を誇らしげに見せる馬に騎乗していた。戦闘が終了したことを知って大勢の町の人々が戻って来、歓声を上げながらセシエ公の軍勢を見送った。 ラビドブレス以外の蛮族の首はバルダッシュの城門の外に晒された。千を超える首がずらりと並べられ、その中には神官や少なからぬ女の首もあったのだが、その前を憎悪の感情を露わにした町の人々が行き来し、首に石を投げ、棒でつついた。既に鳥につつかれて眼球を失った首も多かった。このまま腐り果てるまでここに晒されて、最後にはどこかに捨てられる。他人の家に土足で上がり込んで好き勝手していた者が敗れたのだ。そうなるのも仕方がないとタギは考えていた。
タギは急ぎ足で歩きながら、酸鼻な情景を思いだしていた。タギの“敵”はアラクノイだった。人間に対しては命のやりとりをしていても、アラクノイに対するような憎悪を覚えたことはない。タギの眼からはあの情景は不必要に残酷に見えた。シス・ペイロスの人々を、王国の人たちからは蛮族と蔑まれていたが、タギは嫌いではなかった。シス・ペイロスの平原の部族に比べると黒森の部族は狷介だったが、それでも王国内のすれっからしの商人などに比べると素朴だった。
ダングランの略奪が、シス・ペイロスの人々を狂わせたのだ、タギは思った。眼にしたこともないような品々がふんだんに流れ込んだ。それを見て、自分も欲しいと思わない人の方が少ないだろう。まして先にマギオの民が黒森に侵入してきて、そのために多くのフリンギテ族の若者達が殺されていた。その代償を要求して悪いことがあるだろうか、と多くの者が考えたのだ。手に入れるための危険と可能性を天秤にかけて、止めた人もいただろうが、たくさんのシス・ペイロスの民が王国に入ってきた。簡単に手にはいる物だけで満足して引き上げた人もいたが、多くは欲に駆られてぐずぐずと残り、結局その屍を晒すことになった。判断の誤りを自分の命で償ったとも言える。
殺されたシス・ペイロスの人々を、タギが悼んでいると言うと嘘になる。自分の判断の責任は自分で負わなければならない。しかしあれほど残酷である必要があるのかとは思うのだ。それでもタギには口を出すつもりはなかった。この世界はタギの世界ではない。ここでの慣習がどうであれ、この世界の人間が決めることだった。
こんなことをとりとめもなく考えていたことが、タギの注意力をいくらか減殺していたのかもしれない。レンジア街道からファビア街道に折れるときに、タギはいきなり横から声を掛けられたのだ。
横合いから名前を呼ばれた瞬間、タギは十ヴィドゥーも飛び離れてナイフを抜いた。身を低くして構えたタギの視線の先で、ファビア街道とレンジア街道の交叉を報せる石碑の後ろからアティウスが出てきた。タギは軽く舌打ちをした。おそらくアティウスは気配を消すことだけに専念して隠れていたのだろう。そうでなければタギが既に見知っている気配をこの距離に近づくまで感じないわけがなかった。またアティウスが敵意を表していても感じとっていただろう。結局アティウスほどの腕を持つ者がひたすらに隠れていれば、タギといえども簡単には感づくことができないということだった。あとは反応時間の問題だった。直前まで気配を消していた相手が敵意を露わにしたとき、タギがどれほど素速く反応できるか、ということに危険を回避できるかどうかがかかっている。そしてアティウスほどの腕になれば、敵意を表した瞬間に攻撃することもできる。油断してはならないことをタギはもう一度肝に銘じた。
そんなことを考えながら、タギは辺りの気配を探った。アティウスがここにいれば他のマギオの民がいる可能性が高い。しかしタギの探知できる範囲には他のマギオの民の気配はなかった。何人もの人々がファビア街道を東西に、あるいはレンジア街道に曲がって、タギとアティウスの側を通り過ぎたが、その中にはマギオの民はいなかった。
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