第16話 レリアンへ 2

 アティウスはだらりと弛緩して、立っていた。いわば隙だらけだった。タギを前にしてこれだけ隙を見せて平気な顔をしていられるアティウスにタギは少し感心した。敵意がないことを示そうとしているのだ、そうタギは思って、自分も構えを解き、ナイフを納めた。アティウスがにっこり笑って、それからタギに近づいてきた。


「なんのまねだ?」


 アティウスがここにいたのはタギを待っていたに違いない。そうでなければあれほど完璧に気配を消す必要はない。タギを待っていたとすれば、何のためなのかという疑問もあるが、それ以前にタギにとっては、なぜ自分がここを通るのが分かったのかという疑問の方が大きかった。行動を読まれているという意識は、タギにとって快いものではなかった。

 アティウスは相変わらず隙だらけの姿勢のまま、頭をかいた。一見人の良さそうな笑いをまだ浮かべていたが、そんなもので誤魔化されはしない。


「この先に馬を用意しています。道々話をしませんか?」

「何の話だ?」


 ある程度のことが分からないうちはてこでも動かないという意志を視線に込めて、アティウスを見つめた。アティウスは肘を軽く曲げて、指先を下にして手のひらをタギに見せながら、さらに近づいてきた。アティウスならその姿勢からでも十分に速く攻撃に移ることができるが、タギに対してはかなり分が悪くなる。


「しばらく一緒に行動しませんか?アラクノイを片づけるまで」


 大きな声を出さなくても聞こえる距離まで来て、アティウスは言った。


「一緒に動く?」

「そうです。あなたは強力な武器を持っている、しかし一人だ。我々の武器はあなたの持つレーザー銃ほどの威力はないが数は多い。一緒に動いた方が色んな面で良いんじゃないかと思うんですがね」

「・・・・」


 意外な申し出ではなかった。アティウスを見たときからそんなことを言い出すのではないかと思っていた。


「バルダッシュから逃げたアラクノイが何匹かいますね」

「四匹だ。翼獣も三匹逃げた」


「そいつらをシス・ペイロス、黒森まで追いかけるのでしょう?あなたは」


 タギは頷いた。アラクノイは最後の一匹まで片づけるつもりだった。


「マギオの民にとってもやつらを放ってはおけませんのでね。おそらくセシエ公がシス・ペイロスに兵を出すでしょう、我々マギオの民にも動員をかけて。それでも空を飛ぶ翼獣はやっかいです。鉄砲の射程距離まで降りてくるかどうか分かりませんし、射程距離に入っても高いところを飛んでいる翼獣に当てるのはかなり難しい。レーザー銃は鉄砲の何倍もの射程距離を持っている。あなたのものも含めて。奴らを片付けるまでいっしょにやりませんか?」


 タギ一人では確かにできることに限りがある。ランを護りながら戦ってアラクノイを倒すというのはかなり難しいことだった。またランを置いていかなければならない。一人で残るランを、自分の目の届かないところでどうやって護ればいいのか、正直タギには分からなかった。今だって長く放っておいたランのことを考えると、不安がわき上がってくる。かといってランを連れてもう一度黒森へ、しかも今度は確実に戦いになることが分かっている黒森へ行くという決心も付かなかった。ランに会いたくてレリアンへの道をたどっていたタギだったが、まだその先どうするかは決めていなかった。マギオの民を上手くランの盾に使えれば、ランを連れて黒森へ行って、戦うことができるかもしれない。しかし、そのときは一時的とはいえ、ランの安全をマギオの民に託すことになる。


「で、私がマギオの民に加わるとどうなるんだ?あんたの命令を聞かなければならないのか?それにマギオの民、というよりあんたが信頼できるのかどうか私には判断ができない」


 タギが話に乗ってきたので、アティウスの表情が真剣になった。


「あなたに命令するなどということは考えていません。あくまで協力したいということですよ。互いにどういうふうに動くかはその都度協議しましょう。我々が信頼できるかどうかについては、私の口からいうのも何ですがね、我々は契約の民でもあるのです。契約は守ります。それが我々の矜持でもあり、また人々にどれほど疎まれ、憎まれても我々が寄って立つ基盤でもあります」


 タギは初めてマギオの民を身近に見たとき、ウルバヌスがグルターヌ男爵に雇われて働いていたときのことを思いだしていた。グルターヌ男爵が急死し、そのため疑いの目で見られるようになり、待遇ががらっと変わっても、ウルバヌスは律儀に得た情報を報せていた。それはグルターヌ男爵勢が壊滅する寸前まで変わらなかった。契約はどんなことがあっても守るのだということか、ただし契約にないことは関知しないし、契約が切れればそれまでということなのだろう。





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