第16話 レリアンへ 3

「あんたの話に乗るかどうか返事をする前に、どうして私がここを通ることを予想できたのか教えて欲しい」


 アティウスは軽く唇を噛んだ。予想していた質問だった。誤魔化しても長くは通用しない。正直に告げることにした。


「我々がアトーリを偵察していたときに、あなたがアトーリへ入ってきたからですよ、三人連れで。その後は当然あなた達も見張っていました。あなたに気づかれないようにできるだけ遠くからね」


 先を言えとタギは目で促した。


「だから、あなた達がアトーリを出るときに後を付けさせたのです。あなたが引き返してきてもスクディロはそのまま二人の後を追いました、レリアンまでね」

「それで私がレリアンに行くことを知ったというわけか?」

「そうです。彼女があなたにとって大事な人なら、アラクノイ騒ぎが一段落したらきっとレリアンに、会いに行くだろうと思ったのですよ」


 タギは息を吐いた。アトーリを出るときに付けられていたことも、アトーリへ引き返すときにアティウスがスクディロと呼んだマギオの民とすれ違ったことも、まったく気が付かなかった。マギオの民もシス・ペイロスへ入っていることは知っていたのだ。アトーリがその監視下にある可能性も当然考えておくべきだった。カバイジオスの館を探っているときにアティウス達が現れたのも偶然ではなかったのだ。アティウスの計算の元に、タギの前に姿を現したのだということが今なら分かる。アトーリから出て行くときには気が急いていたと言えばその通りだが、マギオの民を相手にするときには常に通常以上の配慮が必要なことを再々度肝に銘じた。


「契約の民か・・」

「そうです。契約はきっちり守ることが我々の立っていられる理由ですよ。人々からどう思われ、どう罵られようと」


 マギオの民はそうだろう。だが、おまえはどうなのだ?と訊いてみたかった。アティウスには多分、そんなものは必要ない。彼は他人からの共感も理解も必要としていない。


「それで・・・」


 タギは言いよどんだ。


「それで?」

「―あの二人について調べたのか?」

「ええ、あなたについてはできるだけ多くの情報が欲しかったものですから。男の方はレリアンの北の森の森番で、ウルバヌスに翼獣についての情報を呉れた男ですね。女の方はアペル伯爵のご令嬢・・」


 タギが鋭い目でアティウスを見た。それはアティウスをして思わず口をつぐませてしまうほど、酷薄な視線だった。アティウスに最後まで言わせず、タギが言った。


「もし、あんた達が、ランにとって不利益になるようなことをしたら、マギオの民を根絶やしにする」


 ほとんど抑揚のないむしろ小さな声だった。しかしその言葉に込められた意味は明瞭だった。これは脅しではない。宣言だった。例えばランの身元をセシエ公に報せでもしたら、タギは言ったとおりのことをやるだろう。アティウスにはそれがよく分かった。いくら何でもタギ一人にマギオの民が根絶やしにされるとは思わないが、もしタギがそんな行動に出たら、マギオの民が蒙る被害は想像を絶するだろう。闇の中でタギと渡り合える民が、自分やウルバヌスを除くと何人いるだろう。


「そんなことはしません、あなたに信頼して貰う方がずっと重要ですからね。誓ってもいいですよ」

「もし、その誓いがあんたにとって重いものだったら、そうして貰おう」


 アティウスが一度にっこり笑ってから、まじめな表情になり右手を顔の横に持ってきて厳かな声で言った。


「誓いますよ」


 どれだけ信頼できるかは分からない。しかし当面、マギオの民と協調した方が良さそうだとタギは結論した。


「分かった。しばらくあんた達と一緒に動こう。契約は口約束でもいいのか?」

「口に出したことは、もう引っ込められませんからね、書いたものと重さは同じです」


 アティウスはくるりと背を見せるとファビア街道を東に向かって歩き出した。タギに対して平気で背を見せる、それも契約に含まれることなのかもしれない、と思いながらタギはアティウスの後を追った。



 ファビア街道を東に一里ほど行ったところで、シレーヌとクリオスが待っていた。街道沿いにまばらに木が植えられていて、その木に四頭の馬が繋いであった。

 アティウスとタギが近づいてくるのを認めて、シレーヌは固い顔をしていたが、クリオスは口元を少しほころばせた。アティウスがタギに背中を見せていることがシレーヌには納得できなかった。味方でない人間に、それもタギほどの腕を持つ者に平気で背中を見せているアティウスの感覚が、シレーヌには信じがたかった。


「アティウス様!?」


 何という危ないことをしているのかという非難の調子が交じっていた。アティウスもタギも気にしなかった。


「言ったとおりだろう?シレーヌ。タギはちゃんとここを通りかかり、しかも我々と組むことに同意してくれたぞ」

「そうですね、アティウス様。それではもう話は付いたのですか?」

「そうだ、アラクノイを始末するまでタギは味方だ」

「それはようございました」


 明るくアティウスと話をするクリオスを、シレーヌが睨み付けた。しかし口に出しては何も言わなかった。言っても無駄だと分かっていたからだ。アティウスには応えないだろうしクリオスはなぜそんなことを言われるのか理解できないだろう。


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