第16話 レリアンへ 4

「行こう。タギが一刻も早くレリアンに着きたがっている」


 アティウスが手綱を取りながら三人に言った。アティウスのタギに対するちょっとしたからかいだった。気にした様子も見せずタギも与えられた馬に跨った。アティウスが先頭に立ち、その後ろにシレーヌ、タギ、クリオスの順で馬を駆けさせた。怪物騒ぎで街道を行く人はかなり少なくなっていた。それは馬をある程度の速さで駆ることができる位の数だった。これだとかなり早くレリアンに着くな、タギの期待に添うことが出来そうだ、アティウスはそう思った。

 シレーヌがアティウスとタギの間に入ったのは、無防備のアティウスの背中をタギから守るつもりだったからだ。シレーヌにはどうしてもタギを無条件では信じる気になれなかった。

 クリオスは一番後ろに付いていきながら、タギの背中を見て、今タギに打ち込めるか、剣では駄目でも弓ならどうか、あるいは鉄砲ならどうかと考えていた。実際に打ち込むところを想像してみたが、次の瞬間にはタギの反撃に遭っている自分の姿が浮かんできた。剣や弓に自分が手をかけた瞬間、タギは振り返っているだろう。その手にレーザー銃を構えて。

 それではタギがレーザー銃を持っていなかったらどうだろう?それでも多分、タギに打ち込むことは無理だなとクリオスは結論した。無造作に馬を駆っているように見えても、タギの後ろ姿には隙がなかった。後ろを振り返りもせずに、クリオスのやることを感知しているのが分かった。同じ眼でアティウスを見ても同様の感触だった。姉は、シレーヌはタギに対して、アティウスの盾になるつもりのようだが、アティウスはそんなものは必要としていないし、タギもその気になれば間にシレーヌがいようがいまいが関係ないだろう。むきになっている姉が少し可哀想だったが、それぞれの技量の差を冷静に見極めることができるほどにはクリオスも腕達者だった。

 暗くなるまで馬を駆けさせて、四人は街道沿いの宿に入った。宿の亭主は愛想笑いしながら迎えた。


「これはこれはよくおいでくださいました。ただ、こんなことを申し上げて何ですが、バルダッシュの怪物騒ぎが起こってからこっち、物の動きがぱったりと止まっておりまして、あり合わせの物しかご提供できませんが・・」


 アティウスが宿の使用人に手綱を渡しながら答えた。


「構わない、あり合わせの物でいい、贅沢は言わない」


 亭主は安堵したような表情を浮かべて軽く礼をした。それから後ろにいる使用人達に馬を厩へいれ、四人を部屋へ案内するように命じた。


「四部屋お取りしますか?それとも相部屋で?」

「四部屋頼む、そんなに混んではいないのだろう?」


 受け答えはアティウスに任せてタギは黙っていた。シレーヌとクリオスも、アティウスから命じられもしないのに横から口を出すようなことはしなかった。


「すぐにお食事になさいますか?」


 亭主の問いにアティウスが頷いた。


「かしこまりました。半刻もあれば用意できますので、お待ちください。用意ができたらお声をかけますので」


 宿はがらがらのようだった。部屋に案内される途中で他の客と顔を合わせることもなかったし、宿の使用人の動きも至極のんびりしたものだった。

 タギは部屋へ入ると鍵を閉めて、灯りも着けずにベッドに腰掛けた。じっと目の前の闇に目を据えた。


「ラン・・・・」


 思わず呟いた自分の声で、ランの姿が浮かんできた。ランの声、息づかい、所作の一つ一つが想い出され、堪らなく愛おしかった。ランを連れてカーナヴィーから脱出して以来、こんなに長く離れていたのは初めてだった。離れてみてランが自分にとってどんな存在だったのか、よく分かった。“護る者”にとっての“護るべき者”というだけではない、もっと個人的に強く結びつけられている対象だった。


「ラン・・」


 ランの声も表情も視線も、タギに対しては艶を含んでいた。思わず動悸を覚えるような眼でタギを見ていたこともある。タギ自身も、どうしてもランから目が離せなくなったこともある。


 もう、離さない。ずっと側に置いておく。自分がどこで何をするときにも必ずランを伴っていく。


 アラクノイを追いかけていく旅に、ランを連れて行くかどうか迷っていた。あまりに危険なように思えたのだ。だがランの存在がマギオの民に知られてしまった。とりあえずアティウスと手を組むことにしたが、こうなってはランを一人にしておくつもりはなかった。自分の目の届かないところで、ランに対して何もしないと無条件に考えることができるほど、マギオの民を信頼しているわけではなかった。その思いとはうらはらだったが、黒森でアラクノイと戦うときに、ランの安全をマギオの民に託せるだろう。アティウスの申し出はタギにとっても渡りに舟だった。



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