第16話 レリアンへ 5

 食事の用意ができたと声がかかって、タギは階下の食堂へ下りていった。シレーヌとクリオスが先に来ていて、タギとほとんど同時にアティウスが入ってきた。かなり広い食堂の中で一つのテーブルにだけ蝋燭が灯されており、四人分の食事が用意されていた。固いパンと火を通した肉、あり合わせの野菜を入れたスープに水、それだけの食事だった。小女こおんなが給仕に付くというのをアティウスが下がらせた。給仕して貰うほどもない内容だったし、アティウスもタギも酒を頼まなかったからだ。四人は黙々と食べた。野宿よりは壁と屋根に囲まれた所で眠れるだけまし、持っている食料を減らさずに済むだけありがたいという程度のものでしかなかった。アティウスの向かい合わせにシレーヌとクリオスが座り、タギがアティウスと同じ側の少し離れた所に座って食べ始めた。しかし蝋燭の一本だけだったので距離をおくわけにはいかなかった。

 ほとんど食べ終わったとき、タギが唐突に口を開いた。


「クリオス、明日はおまえに私の前を行ってもらうぞ、あんなに後ろからがんを飛ばされたんじゃおちおち馬を駆けさせることもできない」


 クリオスがまだ口に食物を含んだまま眼を白黒させた。慌てて飲み込んで、


「眼をとばすなんて、そんな!」

「何をとぼけているんだ?剣なら打ち込めるか、弓ならどうかなんてずっと考えていただろう」


 クリオスがびっくりしたよう表情のまま黙り込んだ。自分が何をしても気づかれるだろうとは思っていたが、考えまで読まれるとは想像もしていなかった。考えを読んだわけではなく、弓を取る、あるいは剣を抜く、そういうつもりになったときの予備動作をタギは感知していただけだった。タギに反論もできないクリオスにアティウスが助け船を出した。


「私でも気づいたくらいだからな、タギが気づかないはずはないぞ、クリオス。で、どうだった?弓を射かける隙があったか?」


 黙り込んでいたクリオスが救われたようにアティウスに視線を移し、返事をした。


「いえ、どうかかっていっても、駄目だと思いました。次の瞬間には反撃に遭っている自分が浮かんでくるんです」

「ほう!」


 アティウスが感心したようにクリオスを見た。


「それが分かるようになったか。上達したもんだ、クリオスも」

「からかわないでください」


 アティウスの口調に、からかいだけではない、多少は褒めるような調子を感じて、クリオスは嬉しくないわけではなさそうな声で言った。


「そうです、アティウス様、変な褒め方をしないでください」


 シレーヌが、こっちは本気でアティウスに抗議した。


「本気で誉めているんだぞ。タギに突っかかっていっても、とても敵わないと感じられるだけ、クリオスはいい腕をしていると評価しているんだ。それが分からないやつは、実際にタギにこっぴどく叩かれないと、自分とタギの差に気が付かない」


 タギがくすぐったそうな顔をしていた。こんなに手放しでアティウスがタギを持ち上げるのを聞くのは妙な感じだった。シレーヌが少し不満そうな顔をしていた。


「クリオスは年は若いのですが、カシェオの一族で一番の腕利きです。それがそんなに差があるものですか?」

「そうだな、クリオス、おまえには分かるだろう?おまえとタギの差が」


 クリオスは素直に頷いた。それを見てシレーヌも不満そうな表情をしたまま黙り込んだ。


「でもとにかく、明日もクリオスを最後尾にしてください。あなたを最後尾にするわけにはいかないし、かといってシレーヌというわけにもいかない。クリオス、明日は今日みたいなことはするな」


 アティウスがタギに向かって下手に出てそう頼んだ。タギも承知した。もともとクリオスのやり方がそんなに煩わしかったわけではない。釘を刺しておけば十分だった。


「気を付けます。済みませんでした」


 クリオスも素直に謝った。ペコリと頭を下げて、それからタギを真正面から見た。言おうか言うまいか逡巡している様子だった。


「でも、タギ・・殿」

「『殿』はいらない。タギだけで十分だ」


 クリオスの話を遮って、タギが言った。

 話の腰を折られてしまったが、クリオスはそのまま自分の疑問を口にした。ただしタギを呼び捨てにすることはできなかった。アティウスがかなりの敬意を払っているのに自分がそうしないのは、マギオの民の中での序列に反するような気がしたからだ。


「タギ殿、あなたはだれです?どこから来たんです?なぜアラクノイと同じ武器をもっているんです?」


 クリオスの若さだった。真正面から訊いてきた。あまりに率直な訊き方に、タギが表情をあらためて真正面からクリオスを見た。アティウスもあえて止めなかった。クリオスの質問はアティウス自身も知りたかったことだった。ただクリオスのようにあけすけには訊けなかった。しばらくの沈黙があった。どう答えようかと考えているようだった。


「私は遠くから来た」


 タギが考え考え、口を開いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る