第16話 レリアンへ 6

「なぜ来たのか、どうやって来たのかは私も知らない。そもそも私が元々居たところがこの世界から見てどこにあるのかさえ知らない」


 アティウスもクリオスも、シレーヌも黙ってタギの言葉を聞いていた。とても信じられないような話だったが、タギについてはそんな話がすんなり受け入れられるほど、アティウスもクリオスもタギの存在の不思議さを知っていた。アティウスの眼が強く光った。先を促す言葉も出さず、タギが話を継ぐのを待っていた。


「私の国は、六十年“敵”と戦っていた。アラクノイとここでは呼ばれている“敵”と。長い間不利な戦が続いていたが、私が十一のときに最終的に敗れた。アラクノイに攻め込まれて、燃えている街の中で私は死んだと思ったのに、気が付いたらこの世界にいた」


 タギの口調は淡々としていた。もうこの世界での生活の方が長い。今さら元の世界に焦がれるわけでもない。“敵”に対して刷り込まれたほとんど本能と言っていい憎悪と、タギが持ってきたわずかのものと、タギの戦闘能力以外には元の世界の名残もない。


「それから十何年も経っている。アラクノイをもう一度見るまでは忘れかけていた」


 しかし思いだしてしまえばその憎悪は紛れもなかった。


「その、タギ殿の元の世界では、あんな武器を使って、つまりレーザー銃を使って、空を飛んで戦っていたのですか?」


 クリオスにはこの点が一番気に掛かっていたようだ。少し早口になってこの質問をした。


「そのとおりだ、武器の性能に大きな差があれば六十年もの長い戦いにはならない。いや武器の性能は我々の方が優れていたかもしれない」


 そうだ、翼獣が空を飛ぶように、ヘリコプターや飛行機も空を飛んだ。翼獣より速く、輸送力も大きかった。巨大獣より戦闘車の方がスピードも速く、防御・戦闘力も強かった。それでも勝てなかったのは、他にも理由はあったが結局は数だった。六十年という長い年月になったのも“敵”が急がなかったからだ。人間の拠点を一つ落とすと次の拠点に攻撃を開始するまで結構時間があった。一つの拠点を攻撃しているときも攻勢と攻勢の間に不規則な期間があった。だから時間がかかった。じわじわと力を殺がれていくのは嫌なものだった。


「やつらは、“敵”や“敵”の戦闘獣はものすごい数だった。倒しても倒しても、きりがなかった。数十万という数で攻めてきた」


 市の人口より多かった。びっしりと取り囲んで、それで何をするでもなく時間だけが過ぎていく、そんなことがよくあった。こちらから攻撃するわけにもいかなかった。“敵”の攻撃を誘発するかもしれないからだ。せっかくの猶予時間が無くなる可能性があった。“敵”の行動原理が分からなかった。ただ闇雲に人間を滅ぼそうとしているだけに見えた。交渉どころか意思の疎通さえできなかった。遙かに遠くびっしりと地表を埋め尽くす“敵”とその戦闘獣、それを見ながら何ら有効な手段を持たない人間、タギが物心ついたときから見慣れた『風景』だった。


「数十万!」


 クリオスとシレーヌが息を呑んだ。アティウスも口をとがらせて、思わず抗議の意を含んだ疑問が口をついた。


「そんな!小国の人口に匹敵する数じゃないですか。そんな数の戦闘員がいるなんて」

「我々が直接相手をしていたのがその数だ、六十年という時間を考えると、そして戦場が幾つもあったことを考えると、その何十倍もの“敵”がいたことになる」

「そいつらがこの世界にも来る可能性があるということか?」


 アティウスが質問した。もしそんなことがあったらとても敵うものではない。


「いや、私がこの世界に来てから、元の世界から他の人間も来ていないかずっと探していた。でも一人も見つけられなかった。またこれまでアラクノイやその使戦闘獣の話を聞いたこともなかった。多分二つの世界は簡単には行き来できるものではないのではないかな」

「でも・・・」


 クリオスが言い淀んだ。


「王国内に攻め込んできたアラクノイが全てではないという可能性もあるわけですね?」

「黒森にアラクノイが残っているんではないかということか?」

「そうです」

「可能性はあるが、高くはないと思う。王国に入ってから一度もシス・ペイロスの方へ翼獣が飛んでいったこともないし、逆にシス・ペイロスから別の翼獣が飛んできたこともない。もし黒森にアラクノイが残っていたら、あれだけの期間こっちにいたんだ、一度くらい連絡するものではないかな」


 タギの言葉を聞きながらアティウスは別のことを考えていた。こんなことが言えるというのは、やつらがオービ河を渡ってからずっとタギはやつらを監視していたのだ。タギの執念とアラクノイに対する憎悪の深さを見る思いだった。


「タギの言うとおりだと有り難いことだな。あんなのが何千匹、何万匹もいるような世界など考えただけでぞっとする」


 四人の共通の思いだった。



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