第3話 侵攻 1章 報せ 3

 テーブルの上にはベルタの心づくしの料理が並んだ。旅人の多いシーズンになれば料理番に小女こおんなを雇うのだが、まだこの時期はベルタ一人で台所を切り回していた。料理を囲んで男七人が酒を飲んでいた。近所の男たちもタギの話を聞きたがったのだ。ビンゴスは沈痛な表情でテ-ブルに付き、ナフェオスは興奮していた。タギは長老会議で話したことをほとんどそのまま繰り返した。


「一万か・・・・」


 ビンゴスが何度目かのため息とともに呟いた。


「何人来ようと、アルヴォンの中で平地者へいちものに好きにさせるものか」

「そうだ、アルヴォンの山人やまびとの力を思い知らせてやる」


 若い男がナフェオスを含めて三人いたが、三人とも意気軒昂だった。これまでアルヴォンが経験した戦の中でも最大級の戦になる。それに加わることに武者震いをしていた。ビンゴスと同年代の男たちはそれほど楽観的になれなかった。彼らはこれまで何度か戦を経験していた。負けたことはないが楽な戦など一つもなかった。山の中に引きずり込んで、侵入者の戦力を分断して襲えば勝つことができるが、今度の戦の主戦場はニアの町の周辺、アザニア盆地になる。ある程度の広さのあるところで真正面からぶつかる野戦になれば、人数に劣るアルヴォン同盟勢は苦しい戦いを強いられる。ニアを押さえることだけがセシエ公の目的なら、うかうかと山中に入って来はしないだろう。長く生きてきた者の知恵が、若者とは違う見通しを持たせていた。タギは黙って聞いていた。


「タギ、もしニアをセシエ公が押さえたらどうなる?」


 急に話を振られてタギはその男の方を向いた。ビンゴスと同年配の男だった。キニスンという名だった。


「どうなるって?何がだ?」

「俺たちの暮らしがだ。新しい税を取られるのか?セシエ公の兵隊としてかり出されるのか?長老会議の代わりにセシエ公の代官が来るのか?」

「どれもないだろう。セシエ公はアルヴォン全体を支配するつもりは、今はない。支配していない土地からは税を取ることも、兵を集めることもできない。ニア街道を通る旅人と荷と情報がなくなるだけだ」

「そんな問題じゃない!」


 若い連中が声を上げた。


「ニアはアルヴォンの中心だ。そのニアを平地者に支配されるなどアルヴォンの魂が許さない。アルヴォンは山人のものだ」


 セシエ公に支配されても、山人が根絶やしにされるわけでも山人の住むところがなくなるわけでもない。降伏すれば、支配層以外は許されるだろうし、セシエ公の支配は他の支配階級のやり方より格段にましだ。新しくセシエ公の民になった人々の多くはかえって暮らしやすくなって喜んでいることを、タギは知っている。負ければ殺されるしかなかった“敵”との戦いとはちがう、もちろんタギはこんな考えを表には出さなかった。


 ニアへ出かけた五人のうち一人が帰ってきたのは十日後だった。西ニア街道はもう通れるようになっていた。

 その男がもたらした知らせはギルズの人々を驚かせた。南カンディア街道の雪が消えると同時にセシエ公の使者がニアへ来たという。使者が来ることも、その口上がどんなものかも、すでにタギからの情報を得てニアの上層部が予想していたとおりだった。予想外だったのは南カンディア街道の二つの町、カンガとバラシドゥが既にセシエ公の支配下に入っていたことだった。カンディアに近いバラシドゥはセシエ公の軍に直ぐに門を開いた。既にそう言う密約ができていたらしい。グルザール平原に近いこともあり、昔からアルヴォンの中では平地者に親近感を持っている町だった。バラシドゥの態度はガンドール・コッタをはじめとするニアの指導層もある程度予想済みだったが、カンガがあっさり門を開いたことには驚いた。内側から門を開いた者がいたという。あらかじめセシエ公の手がカンガに伸びていたのだ。南カンディア街道は道幅も広く、馬車や荷馬車が通ることができるため、平地との交流も多い。人の行き来も多く、商売上の都合などから外から定住する者もいる。その中にセシエ公の手の者がいたのだ。驚くべきことはそれらの者が最近になって町に入り込んだのではなく、十年以上も前から定住していたことだった。最近入り込んできた者については町当局も警戒していたのだが、十年も前に入り込んできた者まで気が回らなかった。ごく短い戦いの後でカンガは占領された。

 セシエ公の使者が来たときにはもうカンガまでセシエ公の軍が来ていた。セシエ公は雪が解けてバラシドゥまで行けるようになって直ぐバラシドゥを支配下に置き、カンガまで雪が解けると直ぐにカンガまで軍を進めていた。今頃はアザニア盆地にセシエ公の軍が来ているだろうとニアから帰ってきた男は言った。


 もちろん、ニアはセシエ公の申し出をにべもなくはねつけたのだ。申し出は過酷なものではなかった。ニアに軍を駐留させて代官を置くこと、税を公に支払うこと、ニア街道、カンディア街道に関所を置くことがすべてだった。兵を供出することも、人質を出すことも要求されてなかった。支配者階級は支配する立場から外されるがそれ以上のことは要求されてなかった。納める税も法外に高くはなかった。それでもニアにとってこの要求を認めることは問題外だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る