第3話 侵攻 2章 陥落 1
ニアはアルヴォン同盟の町に援軍を求めていた。男が帰ってきたのはその要請を伝えるためだった。携えてきたガンドール・コッタからの手紙には、これまでのアルヴォン同盟の勝利の栄光と、それに対するギルズの貢献をまず述べ、アルヴォンの誇りを守るためにこれからも同盟を維持していく必要があること、セシエ公に勝利した暁には十分な報酬を考えていることが熱っぽく書かれていた。それを聞かされたギルズの人々は手を突き上げ、歓声を上げてアルヴォン同盟を堅守することを誓った。
直ぐにニアに対する援軍を送る準備が始まった。
そんな中でタギはパヴィオスに呼ばれた。パヴィオスの執務室まで出向くと、金の入った袋を渡された。
「ガンドール殿はタギに感謝している。それはガンドール殿から託されたものだ」
タギは袋の中を確かめた。
「少ないだろうが、今はニアにも余裕がない。何より、セシエ公の手が早すぎた。せっかくのタギの情報だったが、時間的にはそれほど稼げたわけではない。申し訳ないがそれで勘弁してほしい」
予想よりもはるかに少ない金額だったがタギは何も言わなかった。報酬を決めて情報を集めていたわけではないから、いわば相手の言い値で売ることになる。雪の山に入るために用意した荷の代がかろうじて出るだけの額しかなかったが、わずかに首を振っただけで納得した。もともと貧しい土地のニアはこれからさらに苦しい時代を迎えることになる。その中でこの額でも出す気になっただけ立派なものだ。
タギはテッセに行くことにした。もうしばらくはアルヴォン飛脚としての仕事はないだろう。顔見知りの人たちに挨拶だけでもしておきたかった。
『茶髭亭』に戻るとベルタが走り回っていた。ナフェオスが第一陣の援軍に加わることに決まったのだ。旅籠の食堂にナフェオスが立っていた。鉄製の兜をかぶり、鎖帷子を着込み、その上から鉄で補強した皮鎧を着ていた。長剣をつるし、弓を持つと一人前の兵士ができあがる。行動の迅速さを重視するため、アルヴォンの兵士は騎馬で移動する。彼らはアルヴォン山中の難路で易々と馬を乗りこなす。そのため平地をかける騎兵に比べると軽装だった。ふつうの騎兵なら頭からつま先まで鎧に覆われ、長い槍を持ち、顔も面頬で大半を隠している。馬に乗っていないと歩くのがやっとというほどの重装備をしている騎兵も珍しくなかった。それだけに重装騎兵が集団で突撃してくると恐ろしい威圧感を感じる。
ナフェオスは実戦に出るのは初めてのはずだった。かってビンゴスの使っていた装備を身につけているのだろうが、体格が違う分いろいろ直さなければならないところが多かった。ベルタとビンゴスがその作業に忙しかった。ナフェオスは硬い表情で兜や皮鎧のあちこちを触っていた。
「ビンゴス」
タギが呼びかけるとビンゴスは作業の手を休めてタギを見た。
「明日、テッセの方へ行くことにした」
タギが言うとビンゴスは納得したように頷いた。
「そうだろう。タギがこのままアルヴォンを離れるわけがないからな。俺たちを手伝ってくれるのか?」
「それは分からない。私は
「タギ、セシエ公の軍というのは強いのか?強いとしたらどれくらい強いのだ?」
ナフェオスが訊いてきた。先日はあれほど意気盛んだったが、さすがにもうすぐその相手と戦うとなると強さが気になるらしい。
「戦っているところを見たことはないし、どの程度強いのかはっきり言って分からない。だが噂によれば兵士一人一人の強さより、訓練された戦闘集団としての強さが強調されている。セシエ公の作戦の妙も加わるようだ。ニア攻略戦にはセシエ公が直々の指揮を取ることはないようだが、サヴィニアーノもなかなかの戦上手といわれている。地の利を得ているといっても甘く見てはなるまい」
ナフェオスは硬い表情で頷いた。小手を付けた手ですらりと長剣を抜いた。剣が手になじんでいる。灯りを受けて刃がぎらりと光った。それを見てタギが付け加えた。
「セシエ公の軍では、歩兵は短めで幅広の両刃の剣を使う。斬るよりも突くための剣だ。接近戦では抜群の威力を持つそうだ。騎兵はナフェオスが持っているような長剣と槍が武器だ。だが一番気を付けなければならないのは鉄砲だ。セシエ公は大量の鉄砲をそろえている。弓より射程距離が長く、百ヴィドゥー離れてねらいを付けられるし、四百ヴィドゥーの距離まで弾が届く」
「鉄砲など卑怯者の武器だ!」
ナフェオスが真っ赤な顔で叫んだ。名の知れた騎士が鉄砲を持っただけの雑兵に倒される。騎士同士の名誉をかけた一騎打ちが始まる前に鉄砲で馬からたたき落とされる。騎士でなくても武芸、馬術を懸命に鍛錬しているナフェオスたちには我慢のならないことだった。どれほど剣や弓を巧みに使っても、手の届かない遠くから鉄砲にねらわれたら手も足も出ないというのは、彼らにとって悪夢だった。
「武器に卑怯も、正々堂々もない。優れた武器を持った方が強いのだ」
「タギ!見損なったぞ!」
ナフェオスの声は非難に近かったが、タギはびくともしなかった。もっと遠距離用の武器を使っていた世界から来たのだ。武器の好き嫌いなどいっても始まらないことくらいよく分かっていた。気に入らない武器だからといって無視することは許されない。それが原因で殺されては何もならない。タギはさらに言葉を重ねた。
「ナフェオス、気を付けるのだ。おまえの気に入らない武器でも、威力はものすごい。そんなもので殺されたらつまらないぞ」
横からビンゴスも口を出した。鉄砲に詳しいわけではないがタギの言うことはもっともだと思ったのだ。
「ナフェオス、タギの言うとおりだ。鉄砲には気を付けろ」
ナフェオスは納得できない表情で黙っていた。気のいい若者だ、つまらないことで死んで欲しくない、だからこんなことを言っているのだが分かってくれなければ仕方がない。それでも言うだけは言っておきたかった。
「鉄砲でねらわれているときに馬で突撃してはならない。馬から下りて身を低くして走るのだ。馬に乗ったままではいい的になるだけだ」
ナフェオスは憤然として、返事もせず足音を荒げて出て行った。
「分かってくれなかったようだな。ビンゴス、あんたからもよく言って聞かせた方がいい。ナフェオスはいい男だ。無駄な死に方をさせたくない」
ビンゴスがため息をついた。
「そうするよ。息子を殺したくはないからな」
そばでベルタが息を詰めて男たちの会話を聞いていた。タギに対する質問の声は震えていた。
「鉄砲ってそんなに恐ろしい武器なの?そんな武器をセシエ公はたくさんそろえているの?そんなこと初めて聞いたわ」
ビンゴスがベルタを抱きしめた。背中に回した手でベルタの背中を叩いた。
「ベルタ。ちゃんと言い聞かせるよ。あいつは聞き分けの悪い男じゃない」
タギは慰めるようにベルタの肩を叩いた。ベルタがビンゴスに抱きついたまま泣き出した。子供を兵士として送り出すどの家でも見られる光景だった。
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