第3話 侵攻 1章 報せ 2

 ざわめきの中でただ一人黙って考えていたパヴィオスが口を開いた。


「タギがこの雪の中をわざわざ持ってきてくれた情報だ。すぐにニアに知らせなければならない。ニアのガンドール殿も一刻も早く知らなければならないことだろう」


 ガンドールというのは、ニアを代々支配しているコッタ一族の当主だった。


「すぐに人を選んで、ニアへ向かわせるのだ」

「戦になるのか?」


 長老の一人が訊いた。パヴィオスが考え考え答えた。


「ガンドール殿がどう考え、アルヴォン同盟がどう考えるかだな。セシエ公もいきなり攻撃を仕掛けはすまい。まず使者を立てて申し入れるはずだ。自分の支配下に入れと。それを受け入れたら戦にはならない」

「そんな話を受け入れるはずがあるものか!今まで我々は平地者へいちものの支配なぞ受けたことがないのだぞ!」


 パヴィオスの答えに反応した長老の声はほとんど悲鳴だった。

 タギは彼らの話には加わらなかった。どのような結論になってもそれは彼らの問題だった。セシエ公の申し入れをはねつけて戦になっても、その支配下にはいることによって戦を回避してもタギが口を挟むことではなかった。タギがこの情報を持ってきたのは、いわば五年間タギを食わせていた仕事で知り合った人々に対する義理だった。情報をどう処理するかまではタギの関知するところではない。どちらにしてもアルヴォン飛脚の仕事はしばらくはできなくなるが、他の仕事を探せばいい。

 その日の午後、ギルズの男達が五人出発していった。その日のうちにナブキアに着くことはできないが、彼らはアルヴォンの山人だった。山中での夜の過ごし方を、それが雪の時期であろうと、十分に承知していた。長老会議のメンバーも一人加わっていた。たぶん直ぐにアルヴォン同盟会議になるだろうからそれに出席するためだった。途中西ニア街道沿いの宿場町に寄って、情報を伝え、それぞれの町からの人間と一緒にニアに向かう予定だった。南カンディア街道が通れるようになる二、三日前にニアに着くだろう。

 タギも門のところで出発する男達を見送った。横にパヴィオスが立っていた。


「タギはどうするのだ?セシエ公との戦になったらアルヴォン飛脚は休業だろう」

「戦にならなくても休業だ。セシエ公は自分の支配地の両側の情報交換を遮断したいと思っているようだから。まったく偉いさん達のおかげで庶民は迷惑ばかり被ってる」

「タギが何の芸もない庶民か?とてもそうは見えないがな。傭兵になるならアルヴォン同盟で雇ってもいいぞ」

「アルヴォン同盟が傭兵を雇うのか?聞かない話だな」

「平地者を雇っても役に立たないからな。だがタギなら別だ。アルヴォンのこともよく知っているし、平地のことも知っている。雇う価値があるだろう」

「考えてみよう、だがまだ戦になると決まったわけでもない。セシエ公のねらいはニアだけだから、ガンドール殿が受け入れれば他の町には口を出せまい」

「それはあるまい。ガンドール殿は誇り高い男だ。独立不羈を誇ってきたアルヴォン同盟が自分の代で平地者に屈したなどと言われて我慢できるはずがない。ニアの町が灰燼に帰しても抵抗を続けるだろう」


 タギもその意見に賛成だった。攻城戦は守備側に利があるといっても、セシエ公の出す軍勢はニアの戦力の四、五倍になる。セシエ公のこれまでの戦い方を見ているとニアがどれほど抵抗しても結局は陥落させるだろう。そのときにはニアの町は残っているだろうか。

 タギのもたらした情報の価値が確定するまで、ギルズにいる必要があった。情報が真実かどうか、真実だったらどの程度の報酬に値するのか、ニアの人々が決めて情報の対価をタギに支払うだろう。まだニア街道をたどる旅人はいなかったが、タギのために『茶髭亭』を開けることになった。ギルズでタギがいつも利用する旅籠だった。『茶髭亭』の亭主は代々あごひげを蓄えることになっており、それがいつも茶色になることからいつの間にか付いた名前だった。元は別の名前だったがもう覚えている人はなかった。

 タギが馬を引いて『茶髭亭』に行くと、亭主のビンゴスが冬の間閉めていた旅籠の戸を開けているところだった。タギを認めると手を挙げて挨拶した。


「やあ、タギ。今年はお早いお着きだな」

「やあ、ビンゴス、悪いな、こんな時期から働かせて。しばらく世話になる」


 タギはビンゴスに手綱を渡した。ビンゴスが馬を旅籠の裏手の厩に引いていった。タギが食堂に入っていくと、女将のベルタが暖炉に火を入れていた。入ってきたタギを見ると心配そうな声で訊いた。


「タギ。セシエ公の軍勢がニアに来るって本当かね?戦になるって女連中が心配しているよ」

「本当だよ。南カンディア街道が通れるようになったら直ぐだろう」

「いやだね。何を考えているんだろうね?セシエ公ってさ」


 ベルタは不安そうな顔をしていた。平地者との小競り合いはしょっちゅうだったがこんな大軍を相手にすることなど絶えてなかった。ビンゴスが裏口から入ってきた。


「さあさあ、ベルタ、酒の用意をしてくれ。タギは未だ雪が解けてない街道をアルヴォンのためにわざわざ来てくれたんだ。できるだけのもてなしをしなきゃ。タギ、荷物をおいたら降りてきてくれ、ナフェオスも話を聞きたがっている」


 ナフェオスというのはビンゴスとベルタの息子だった。二十歳を過ぎたばかりで、ニアに援軍を送るとなると確実に動員される立場にあった。ナブキアから出せる人数は百がいいところだろう。無理すれば百五十になるかもしれないが、それでは町が麻痺してしまう。アルヴォン全体で一万の人数を動員すればアルヴォンが麻痺してしまう。その一万という数をセシエ公は平然と動員してアルヴォンに向けている。そもそも戦力の厚みが違うのだ。いくら地の利があってもセシエ公が本気になれば、アルヴォンには抵抗のすべがない。少なくともニアは持つまい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る