第13話 ダングランの戦い 1章 王都にて 5
ウルバヌスが言葉を継いだ。
「野戦であれを倒すのは容易ではありません。町の中に引きずり込んで戦う方がまだしも分があるかと思います。町の中であれば建物に隠れて鉄砲の射程に入ることができるかも知れませんし、光の矢から身を隠すものも多くありますから」
タギが告げた言葉そのままだった。ダングラール伯爵軍とアラクノイの戦いを見た後ではアティウスもウルバヌスもそう考えざるを得なくなったのだ。
「町を犠牲にしろと言うのか?」
セシエ公が鋭い目でウルバヌスを見ながら訊いた。ウルバヌスはいくらかのためらいを巧みに隠して答えた。
「やむを得ぬことかと」
「そんなことができるか!臆病風に吹かれて町を犠牲にしたなどと噂されたら、公爵様の評判はどうなる?」
ファッロが嘲るような口調で叫んだ。セシエ公が続けた。
「そうだな、できれば野外で倒したいものだ。最初から領民の財を犠牲にするつもりで戦うのは私の趣味に合わない」
セシエ公がその意志を表してしまえば、他の男達に言うことはなかった。了解のしるしにウルバヌスは頭を下げた。やはり一度戦って、アラクノイや巨大獣、翼獣と戦うということがどんなものなのか実感するよりないのだろう。問題はその実感するためだけの戦いをどれほど少ない犠牲で済ますことができるかだと、ウルバヌスは結論づけた。
セシエ公はこれも目の前にある巨大獣の鞭毛に視線を移した。人の親指くらいの太さの、妙に艶のある綱のように見える鞭毛がテーブルの上に乗っていた。さすがにこの鞭毛を手に取ろうという気にはなれなかった。ナイフの先で軽くつついてみると弾力のある手応えが返ってきた。そしてナイフの先で突かれても鞭毛には傷は付いてなかった。
「こいつも武器なのだな?」
セシエ公の質問にウルバヌスが答えた。
「はい、重装騎兵を馬からたたき落としたり、騎兵に巻き付いて持ち上げたりしていました」
ファッロとラディエヌスがいやな顔をした。こんな物で攻撃されたくはない。
「マギオの民はダングランに貼りついているのだな?」
「はい」
「ダングランから目を離すな!やつらのどんな動きも細大漏らさず伝えよ」
「かしこまりました」
「下がってよい」
ウルバヌスとテセウスは一礼して部屋を出て行った。
ウルバヌスとテセウスが部屋を出ると、セシエ公は残った一同を見回した。何か意見があるかと促すように一人一人に視線を当てていった。
「マギオの民の言うことなど信用できません!これが本当に武器であり、怪物の一部であったとしても、やつらが何もかも本当のことを言っているということにはなりません」
真っ先に言ったのはファッロだった。ファッロの言にラディエヌスも頷いた。
「マギオの民を信用するわけではありませんが、すぐにばれるようなことでは嘘は言わないと存じます」
反論したのはテカムセだった。
「我々が独自に探るか、あるいはフリンギテ族とアラクノイが王国を西に進んでくれば分かることですから」
ファッロがものすごい目つきでテカムセを睨んだ。ほんの少しでもマギオの民の弁護をする者に我慢できなかった。セシエ公には心酔していても、公のマギオの民、特にウルバヌスに対する態度には我慢が出来なかった。公が得体の知れないあんな男を重用しているのが信じられなかった。テカムセはファッロのそんな視線をまったく気にしなかった。
「そうだな、我らも独自の情報が必要だ。マギオの民を通したものではない情報が」
「御意」
セシエ公はラディエヌスを見据えた。
「ラディエヌス、おまえの隊に任せる。ダングランまで行って、様子を探ってこい。可能なら河を越えてきたやつらを殲滅しろ」
ラディエヌスがはじかれたように姿勢を正した。ファッロが不満そうにセシエ公を見た。
「かしこまりました。千人ほど連れて行きたいと存じますがよろしいでしょうか?」
「千人?それで足りると思うのか?」
「はい、ダングラール伯爵軍は鉄砲を持っているとは言ってもせいぜい数百丁です。それに使い方にも慣れておりません。相手はアラクノイが数十匹、フリンギテ族が二百人程度とウルバヌスが言っておりました。我々なら、伯爵勢のような無様な戦はしません!ウルバヌスの鼻をあかしてやります」
セシエ公は少し考えただけで許可を与えた。セシエ公でさえ、まだ巨大獣、翼獣、それを操るアラクノイの脅威が解っていなかった。
横からファッロが割り込んだ。留守番より前線に出ることが好きな男だった。
「私も、行かせてください!ウルバヌスめがどれほど大げさなことを言っているか、確かめてきます!」
セシエ公はファッロに視線を移した。猪突猛進型の部下をたしなめる口調で、
「ファッロは残れ、ランドベリから親衛隊の指揮官を二人とも出すわけにはいかない。私を狙撃したアラクノイを手引きした者が、ランドベリに必ずいるはずだからな。私の周りが空っぽになってしまってはまずい」
ファッロが初めてそれに気づいたように口を開けて、右手の拳で左手の手掌を叩いた。
「はい、そのとおりでありました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます