第13話 ダングランの戦い 1章 王都にて 6

「公爵様のお命がまだ危険にさらされていると?」


 テカムセの質問だった。


「アラクノイや、フリンギテ族が私を殺したがっていたわけではあるまい。ランドベリにいる誰かの意志だ。そいつがあきらめたとは思えないからな。だがフリンギテ族がここまで来るつもりがあるかどうか、そいつは疑問だ。アラクノイは私を殺したがっている誰かの家来ではない、何か取引したのだろう。その取引がやつらに今も魅力があるかどうか、既にオービ河を渡っているし、ダングランを思う存分略奪しているわけだからな。取引の材料がオービ河のこちらの土地や金なら、もうそれなりに手に入れているということになる」

「確かにその通りでございます。ファッロ殿、ラディエヌス殿両名を同時に侯爵様の身辺から離すわけにはいかない訳ですな」

「警戒だけではなく、その誰かを突きとめる必要もある。ウルバヌスの仕事だな」


 またファッロが苦い顔をした。


「ダングラール伯爵に対してはどういたしますか?」


 ラディエヌスが訊いた。ダングラール伯爵はセシエ公に好意的だった。はっきり従属しているわけではないが、オービ河沿いに領地をもっている他の二人の大貴族、レリアーノ伯爵、ファンガーロ男爵に比べるとセシエ公の味方と言ってもよかった。事実、レリアーノ伯爵、ファンガーロ男爵がセシエ公に対して強く攻勢に出ていない理由は、ダングラール伯爵が牽制しているからだった。王国の西に目を注いでいるときにはそれは有り難かった。セシエ公もダングラール伯爵には友誼を通じていて、鉄砲を供給することさえしていた。


「ウルバヌスの話では無事にダングランの城外へ逃げることができたようだ。きちんと挨拶するのだな。できれば、アラクノイやフリンギテ族とひと当てするときには、伯爵勢との協同という形にする方がいい」

「かしこまりました」


 ラディエヌスが頭を下げた。


 ファッロが手にしていたアラクノイのレーザー銃をテーブルに戻した。四人はまたテーブルの上のレーザー銃と巨大獣の鞭毛を見つめた。テーブルの上でその二つは、人間とは異なる意志をもつ者の象徴のように独自の存在感を見せていた。それを見つめているうちにファッロは、何か自分には理解できない世界をかいま見ているような気がしてきた。ファッロはそんなことに敏感な性質たちではない。そのファッロが感じていることはそこにいる四人の、強弱はあるが共通の思いだった。それは人間とは関わりのない、違う規律で動いている鬼の世界だった。ファッロが感じているマギオの民の世界に似ているのかもしれなかった。ファッロがウルバヌスを好きになれないのは、必ずしもセシエ公の小さくない寵がウルバヌスにあることだけが原因、というわけではなかった。マギオの民のあり方そのものがファッロの気に入らなかった。

 鬼の世界に属するもの、人間の思惑と関係なく存在するもの、それが具体的な形をとったものとしてレーザー銃と巨大獣の鞭毛が目の前にあった。それは人間の思いもつかない悪意を持ったものかもしれなかった。セシエ公を除く三人の男は背筋を登っていく悪寒に思わず身震いした。千人では足りないかもしれない、ラディエヌスはそう思ったが、いまさら前言を変えることはできなかった。ファッロがどんな顔をするか容易に想像が付いたし、臆病風に吹かれたかとセシエ公が考えるかもしれないと思うとなおのこと、そんなことはできなかった。




「ウルバヌス」


 セシエ公のランドベリ館から帰ってきたことを報告に来たウルバヌスに、アティウスが声を掛けた。ウルバヌスが軽く頭を下げた。ランドベリの町中にあるマギオの民の根拠地の一つだった。厚いカーテンを開いて、夕方の光が部屋の中へ入っていた。窓際にアティウスが立ち、部屋の中央にあるテーブルの入り口側にウルバヌスが立っていた。ウルバヌスからは赤く染まった空を背景にアティウスがシルエットとして見えた。アティウスの表情を見分けることは出来なかった。


「ミランダが面白いことを突き止めてきたぞ。例の奴の城郭内屋敷から出てきた男が町はずれの百姓家に入って、そこから馬でランドベリの外へ出て行ったそうだ」

「左様でございますか」


 アティウスがアトーリで仕入れた情報の一つだった。盗み聞きしたカバイジオスとラビドブレスの会話に、ランディアナ王国の重臣の名前が出てきたのだ。その城郭内の館を見張るようにミランダに命じて、その結果が出てきたということだ。


「その百姓家に見張りを付けるように命じた」

「はい」

「おまえの領分を侵すことになるかもしれないとは思ったが、ことは早いほうがいい」


 ウルバヌスは了解のしるしにもう一度軽く頭を下げた。


「ガレアヌス・ハニバリウス様には?」

「私の方からは報せてない。テセウスが報せるだろう。そういうことにはまめな奴だからな」





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