第13話 ダングランの戦い 1章 王都にて 7
「それでセシエ公はどうするつもりなんだ?」
アティウスが話題を変えた。
「テセウスからいずれ報告があると思いますが、おそらくダングランに兵を出されるかと思います」
「問題はどれくらい真剣に出兵するかだな。親衛隊を少なくとも一隊まるまる出してくるか、とりあえず様子を見る程度に出してくるか。ウルバヌス、どんな感触だった?」
「ファッロやラディエヌスが、我々の情報をできるだけ小さく評価したがっているのは確かです。ですから公が彼らの意見に引きずられたら、とりあえず様子を見る程度になるでしょう」
「市街戦に持ち込めとタギは言ったな。そのことはセシエ公に告げたのか?」
「告げました」
ウルバヌスは淡々と話していたが、その口調にある程度の思いが出るのはどうしようもなかった。
「その様子ではセシエ公は納得しなかったのだな?」
「はい、そんな戦い方は好みではないと・・・」
「好みで戦ができれば苦労はないのだがな」
アティウスの言い方は辛辣だった。あのセシエ公にも甘いところがある。
「まだやつらの脅威を解っていらっしゃらないのです」
思わずセシエ公をかばう口調になった。アティウスが凄絶に笑った。
「いやでももうすぐ解ることになる。やつらとぶつかればな」
ウルバヌスは頷くよりなかった。アラクノイとその戦闘獣にぶつかればセシエ公の軍に甚大な被害が出るだろう。そうすればセシエ公も考えをあらためざるを得ない。タギの言うとおりの戦い方をするようになるだろう。
「とりあえず様子見だ。セシエ公のお手並み拝見といったところだな。鉄砲がどの程度巨大獣や翼獣に効果があるかも解るだろう」
「タギの言うとおりだと、鉄砲は巨大獣には効果がない、感覚柄に当てない限り、ということです。翼獣でも果たして空を飛んでいるときに当てることができるのかどうか、皆がアティウス様ほど鉄砲の名人というわけではありませんから」
アティウスがウルバヌスを見た。からかうような目つきだった。仲間以外の人間を基本的に信用しないマギオの民の一員であるウルバヌスが、セシエ公やタギにはかなりの信頼を置いているのをアティウスは感じていた。腕は立つが、マギオの民としての的確性には疑問符が着くかも知れない、というのがアティウスの評価だった。
「おまえはタギの言うことを信用するのか?我々自身で確かめたわけではないんだぞ」
アティウスの思いには気づかずウルバヌスは答えた。
「タギのアラクノイに対する敵意は、本物だと思います。ですからアラクノイの弱点などに関しては、おそらく嘘は言わないでしょう。市街戦に持ち込んでまずアラクノイを倒せというのも、確かにその方が効果があると思います」
「そうだな、確かに。だがタギの思い通りに動くようで、それはそれでまたしゃくな話だ」
「はい、ですがタギはやつらと長く戦っていたと言っていました。当然我々より詳しくやつらについて知っているはずですので、その情報は無視するべきではないでしょう」
「問題はセシエ公がいつ、我々の、つまりタギのだが、情報を採用するかだな。セシエ公の全軍が壊滅してからでは遅い」
アティウスもウルバヌスもダングラール伯爵勢がアラクノイにぶつかったときの様子を想い出していた。巨大獣の大きさに多少怖じ気づいたとはいっても、そんなものを振り払う見事な突撃だった。そしてあっけない壊滅だった。野戦ではいくらセシエ公の軍でも勝ち目はないだろう。全軍を一度に出してくるなら話は別だが。兵力の逐次投入で野戦、というのが最悪のシナリオで、全軍を挙げて市街戦というのが考えられる最良の選択だった。おそらく実際にはその中間のどこかで進行していくだろう。
アティウスがもう一度窓の外を見て呟いた。
「タギはどうしているのかな?」
それはウルバヌスにとっても知りたいことだった。シス・ペイロスで別れてからタギの気配を感じてはいなかった。あるいはそのまま、ダングランから離れた地点でオービ河を渡って王国に帰ったのかも知れないと思ったが、すぐにそんなはずはないと思い返した。必ずどこかでダングラール伯爵勢とアラクノイの戦いを見ていたはずだし、やつらがダングランを攻略するのを見ていたはずだ。
ウルバヌスは思っていたことをそのまま口に出した。それにアティウスが答えた。
「そうだな、私もそう思う。あのままシス・ペイロスの奴らと別々に王国内に戻ったはずはない。だがあいつめ、私や、おまえが気配も感じられないような遠くから、ダングラール伯爵勢とアラクノイの戦を見ることができるのか?」
「タギはアラクノイと同じ武器を持っていますし、明らかにあの武器を使い慣れています。何か我々の知らないものを他に持っていたとしても、私は驚きません」
アティウスがもう一度ウルバヌスの方を見た。めったにないほどの真剣な光を眼に湛えていた。
「あいつは一体何者なのだ?どこから来たのだ?何をしに来たのだ?」
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