第24話 シス・ペイロス遠征 3章 巫女 2

 翼獣が近づいてくると、レーザー銃の乱射を受けて伏せている兵たちの間にも動揺が広がった。


「翼獣だ!」


 という恐怖をはらんだ言葉が行き交った。翼獣を見上げる顔に脂汗が浮き、明らかな恐怖があった。まだだいぶ距離があったが、翼獣に乗ったアラクノイからのレーザーの光条が伏せている兵たちの間に降ってくるようになった。上空から撃たれては遮蔽物など役に立たない。全身をレーザー銃の射線に曝すことになる。狙いの定まらない巫女たちのレーザー銃より遙かに危険で、たちまち死傷者が続出した。慌てて木の陰などに逃げ込む兵もいたが、ほとんどの兵達はますます動けなくなった。上から降ってくるレーザーの光条に当たらないように祈りながら地面にへばりついた。


「ええい、くそ!我慢できるか!おまえたち、ついて来い!」


 立ち上がって巫女たちの方へ駆けだしたのはファルキウスだった。剣を抜いて、それでも上体をかがめ気味に、足下の悪い上り坂を全力で走り始めた。ファルキウスはここまでいらいらを募らせていた。名目上マギオの民の指揮官だったが、セシエ公がウルバヌスの方を重用しているのは誰の目にも明らかだった。部下たちも経験の少ないファルキウスより、実績豊かなウルバヌスを頼りにしていた。この辺りで自分の力を周囲に見せつけてやりたい気持ちにはやっていた。


「ファルキウス様!」


 周りで伏せていたマギオの民が何人か立ち上がってファルキウスに続いた。


「危ない!」


 マギオの民の一人がファルキウスに飛びついて伏せさせようとしたとき、ファルキウスに巫女とアラクノイからのレーザーの光条が集中した。二人は声も出さずに倒れた。ファルキウスに続こうとしたマギオの民から悲鳴に似た声が上がった。


「ファルキウス様!」

「ウルバヌス様!」


 ファルキウスと一緒に倒れているのはウルバヌスだった。生死を確かめるまでもなかった。集中したレーザー銃の光条は二人の半身を吹き飛ばしていた。



 タギはレーザー銃の安全装置を外して、慎重に狙いを定めていた。両足を肩幅より少し広めにして体を翼獣の方へまっすぐに向け、銃を持った右手の手首に左手を添えていた。翼獣の上からアラクノイが下に向けて盛んにレーザー銃を撃っているのが見えた。勝手に飛び回っている三匹の翼獣が互いに近づくのを待っていた。


 ―およそ、五百ヴィドゥーか―


 とセシエ公が思ったとき、タギが続けざまに三発、撃った。セシエ公の目の前で二匹の翼獣が撃ち落とされた。三発目はかすって外れた。三匹のアラクノイが手足をばたばたさせながら落ちてきて地面にたたきつけられた。ぐしゃっと言う音がセシエ公にも聞こえた気がした。撃ちもらされた一匹は慌てて北の方角へ逃げていった。

 ヒュー、とセシエ公が軽く口笛を吹いた。


「見事なものだな」


 タギが軽く頭を下げた。


「一匹、撃ちもらしました」


 五百ヴィドゥーの距離から空を飛び回っている翼獣を連続で狙って、三発のうち二発を命中させている。鉄砲では手も足も出ない距離だ。レーザー銃というのは遠くへ飛ばしても弾道が落ちることがない、風の影響もない、反動もほとんどない、それを考えても驚異的な命中精度だった。セシエ公は改めてレーザー銃の威力と、それを名手といえる撃ち手が持ったときの脅威を実感していた。


「以前、アラクノイにレーザー銃で狙われたことがあったが、あれがお前だったら今頃私は生きていないな」


 セシエ公の正直な感想だった。返事のしようのないことで、タギはわずかに頷いただけだった。タギにとって危険な話題に思えた。


「あと、一匹です、アラクノイも翼獣も」

「意外に早く決着がつきそうだな」


 決着が付いたあと、タギの処遇をどうするのか真剣に考えなければなるまい。


「黒森の住民がどれだけ抵抗するかでしょうね」

「あまり頑張れないと思いますぜ」


 少し離れて控えていたヤードローが口を出した。


「バルダッシュで死んだ数を考えると、戦えるやつがそうたくさん残っているとは思えませんから」




 巫女たちが乱射していたレーザー銃がいつの間にか沈黙していた。伏せていた兵たちはおそるおそる顔を上げ、やがてゆっくりと体を起こした。兵たちが柵の方へ近づいていっても何の反応もなかった。


 そして、柵の陰で兵たちが見たのは、倒れて死んでいる巫女たちだった。巫女たちは正装していた。赤い、くるぶしまで隠すスカートの上に、金糸で刺繍された長い、白い上着を着て幅広の豪華な帯を締め、玉の首飾り、色とりどりの宝石をつけた冠を身につけていた。

 死んでいる巫女たちの傍らに年をとった巫女が一人、神官服を着た男が一人立っていた。巫女は泰然とし、神官は呆然としていた。




「名を聞こうか」


 セシエ公が面前に引き立てられて来た神官と巫女に言った。セシエ公の直衛隊が囲んでいる。全員が抜き身の武器を持って、念入りに武器の有無を検査をされた神官と巫女を睨んでいた。タギとヤードローもその中に混じっていた。


「キワバデス本神殿の神官長、カバイジオスと申します」


 神官長が頭巾をとり、そり上げられた頭を丁寧に下げながら答えた。


「キワバデス本神殿の巫女長、シュラシアと申します」


 巫女長が片足を引いた優雅な礼をしながら答えた。白髪を腰まで伸ばした巫女長の老いた顔は吹っ切れたようにすっきりしていた。











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