第24話 シス・ペイロス遠征 3章 巫女 1

 セシエ公軍はすらすらとシス・ペイロスを進んだ。途中いくつか平原の民の集落を見つけたが、どの集落もからだった。はじめの頃こそ見つけた集落を腹立ち紛れに破壊したものの、時間がもったいないこともあり、すぐに無人であることだけを確かめて放置するようになった。進路から外れたところにも集落があることは当然予想されたが、そんなものにまで気を遣うことはなかった。セシエ公軍の相手はアラクノイであり、シス・ペイロスの人々が敵対行動を取らなければ放って置いて差し支えはなかった。しかし、どの集落にも人っ子一人見ない、しかも黒森に近いほど慌てて逃げたという印象が薄くなると言うことは、シス・ペイロスの人々が互いに連絡を取り合って行動していることを示していた。集落の中には大事な物、特に食料と武器は一切残されていなかった。尤も、セシエ公もその幹部達も気にしなかった。シス・ペイロスは人が少ない、連絡を取り合っていてもセシエ公の軍に対抗できるほどの兵を集めることなどできない。アラクノイやその戦闘獣なしでは敵対できるはずもなかった。


 初めて抵抗らしい抵抗に遭ったのは、まばらに木が生えていて、もう黒森の入り口と言ってもいいところへ来たときだった。太陽は中天にかかっていた。

 森に向かって高くなっていく坂の上に頑丈そうな木の柵が作られており、それに大きな木製の盾が固定されていた。マギオの民から報告を受けて、サヴィニアーノとザナガンが前へ出てきた。


「柵はあるが、敵が見えないな」


 そばに控えていたマギオの民―テセウスだった―がサヴィニアーノの疑問に答えた。マギオの民は既に偵察を済ませていた。


「盾の陰に、百人ほどの巫女姿の者がいます」


 サヴィニアーノがいぶかしげな表情に浮かべてテセウスを振り返った。


「巫女が?何のまねだ?」

「分かりません。しかし全員が手にアラクノイのレーザー銃を持っています」

「アラクノイのレーザー銃?あれは人間には使えないものだぞ。いったい何のつもりだ?」


 テセウスは首を振った。もちろん彼にも分からなかったからだ。


「伏兵でもいるのか?戦えない巫女を前面に並べて我々を油断させるとでもいうつもりか?」


テセウスが首を振って否定した。


「伏兵はおりません、後ろも周辺も人っ子一人いません。ただ一列に巫女を並べただけです。巫女以外では神官姿の男が一人混ざっています」

「落とし穴のような罠は?」

「それもありません」

「確かか?」

「はい」


 テセウスは自信を持って答えた。彼自身が偵察に行ったのだ。これ以上は考えても結論は出ないようだ。


「たかが百人の巫女だ。柵と盾を頼みにしても何ができる?蹴散らすぞ。ザナガン、征け。」


 サヴィニアーノの号令でザナガンの支隊を先頭にセシエ公軍が一斉に前進を始めた。三隊に分かれ左右と正面から柵を包囲するように近づいていった。両者の距離が三百ヴィドゥーになったときだった。巫女がレーザー銃を持った右手を挙げて銃口をセシエ公軍に向けた。兵たちは一瞬たじろいだが、すぐにアラクノイのレーザー銃が人間には使えないものであること思い出した。


―単なる脅しだ―


 彼らの口元に嘲笑が浮かび始めた瞬間、巫女たちが構えたレーザー銃から一斉に光条が迸った。


「伏せろ!」


 号令を待つまでもなく、兵たちは慌てて身を伏せた。号令にすぐには反応できずに遅れた何人かの兵が、光条に撃たれてはじかれたように倒れた。巫女のレーザー銃から次々に光条が迸った。それは乱射と言っていいものだった。鉄砲とは発射速度がまるで違った。兵たちは頭も上げられずに地面に伏せていた。



 後方でタギがあっけにとられたような顔をしていた。


「あれを使える人間がいるのか?」


 後ろからセシエ公が質問した。行軍の時、タギはセシエ公の近くを征くように配備されていた。タギがつばを飲みながら、


「い、いえ初めて見ました。でも巫女は言わばアラクノイたちの生みの親のようなものですから」


 地下神殿で作られている泥人形がアラクノイだ、少なくともアラクノイの基だとタギは思っていた。大きさは違うけれど、地下神殿で感じたあの濃密な気配は“敵”のものに紛れもなかった。

 巫女たちの乱射は途切れもなく続いた。レーザーの威力はアラクノイが射つのと変わらないようだ。当たれば太い木の枝が吹き飛ぶ。三百ヴィドゥーの距離では鉄砲を撃ち返すことも出来ず兵達はひたすら地面にしがみついていた。


「だが、下手な射撃だな」


 一応は鉄の盾を前に置いてセシエ公がそう呟いた。これだけ離れていれば伏せたり物陰に隠れたりする必要もなかった。ほとんどのレーザーの光条は遙か頭上を超えていった。タギも平気で身を曝しながら、


「撃つことはできても、撃つ訓練は受けてないようですね」


 だから射線が上を向く。


「だが、足止めにはなるな」


 さらに言葉を継ごうとしたセシエ公をタギが手で制した。何事だというような顔をしたセシエ公に、


「翼獣です」


 タギが指さす北の空に小さな点が三つ浮いていた。


「アラクノイが四匹乗っています。全部出てきたようですね」


 あんな遠くでそんなことが分かるのか、セシエ公がいくら目をこらしても小さな三つの点しか見分けられなかった。タギが腰のホルスターからレーザー銃を取り出した。安全装置をかけたまま出力を最大にする。











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