第24話 シス・ペイロス遠征 2章 行軍 2
また暫時の沈黙があった。
「分かった」
その返事を聞いてタギはウルバヌスに背を向けて、野営地の方へ歩いて行った。タギが十分に離れたことを確かめて、灌木の影に身を伏せていたベイツが立ち上がってウルバヌスの方へ歩いてきた。先回りして身を潜めて二人の会話を聞いていたのだ。ウルバヌスの保身でもあった。タギと二人だけで話をしていたなどとファルキウスに知られたら、どんな邪推をされるかわからない。そのときにベイツの証言があれば保身に役立つ。ファルキウスは、特に自分より腕の立つマギオの民に対して、絶えず自分をないがしろにしないか疑心を抱いていた。アティウス様か、ガレアヌス様でも良い、この遠征でマギオの民の指揮を執っているならこんなつまらない配慮をする必要はない。近くにベイツがいるためにあからさまにはやれないが、ウルバヌスはそれでも軽く息を吐いた。
ベイツがウルバヌスの側に立って、タギが去って行った方を見た。
「ウルバヌス様」
ウルバヌスは首を振った。
「ごまかせなかったな、あいつはある程度のことは推測できただろう」
「始末しますか?」
悪手だ、それも考え得る限り最悪の。
「止めておけ、タギのレーザー銃はセシエ公にも当てにされている。今あいつを始末したら、セシエ公がどう反応されるか、考えるだけでも恐ろしい」
それに、ベイツ達がどれほどしゃかりきになっても、タギには敵わない、近づくことも出来ないだろう。今だって、ベイツが隠れていることなどお見通しだった。最初に向き合ったときにベイツが隠れている方に軽く視線を向けて、唇の端を挙げて見せたのだ。気づいているぞというサインに他ならなかった。動員されているマギオの民の腕利き達を十人、二十人と動員してもタギを倒せるという見通しは持てなかった。ましてタギは腰のホルスターにレーザー銃を入れていつも保持している。あれを使われたら二十人が百人になっても心許ない。そんなことを言っても多分、ベイツには理解できないだろう。かえっていきり立つかもしれない。だからセシエ公を口実に襲撃を止めたのだ。
タギはアティウスの身に起こったことを正確に推測しただろう、ウルバヌスはそう思った。これでマギオの民とタギのつながりは切れた。そもそもアティウス以外のマギオの民の幹部はタギのことを知らない。ウルバヌスから聞いているので名前くらいは知っているが、重要視はしていなかった。レーザー銃を持っているという事実もウルバヌスほど切実には考えていなかった。タギとのつながりが切れたことがマギオの民にどんな影響をもたらすか、改めてタギとのつながりをつくることは、ウルバヌスを含めてマギオの民の誰にも出来ないだろうが、せめて敵対することだけは避けたい、ウルバヌスはそう思っていた。タギの態度の中に僅かな、怒りに類したものをウルバヌスは感じたのだ。
しかし、もしガレアヌスやファルキウスからタギを始末するように命じられれば、ウルバヌスは全力でその命令に従うだろう、それがマギオの民のためにならないと確信していても。それがマギオの民だった。
「シレーヌさん、怒っているのかしら?」
ランが唐突にそう言ったのは、夕食の後、セルフィオーナ王女から短い休憩時間をもらってタギと会っているときだった。
「えっ、なに?」
不意を突かれてタギは思わず問い返していた。
「だってシレーヌさん、シス・ペイロスに入ったら私についていてくれる約束だったでしょう?それなのに私がセルフィオーナ王女の保護下に入ってしまったせいもあると思うけれど、顔も見せてくれないし。約束を反故にされて怒っているのじゃないかと」
幕舎から漏れ出る僅かな光の下でランの顔は真剣だった。
「あっ、いや、そんなことはないと思うよ」
「タギは会ったの?アティウスさんやシレーヌさんに」
さらに追求されて、タギはおたおたした。ランとアティウス、シレーヌとのつながりは薄い、そんなことを気にするとは思っていなかった。
「あっ、まあ、うん」
タギが曖昧に答えた。ランがさらに、
「怒ってなかった?」
「怒ってなかったよ」
ランが疑わしそうな顔でタギを見た。
「本当?」
「本当さ」
ランが首をかしげてタギを見上げた。くすりと笑って、
「う~ん、タギは嘘をつくのが下手ね。本当は会ってないんでしょう?」
タギは肩をすくめて、それから頭をかいた。ごまかしきれない。
「ああ、そうだね。会ってないよ」
「やっぱり怒っているの?私たちに会いたくないくらいに」
「いや。・・・アティウスもシレーヌもこの遠征に参加していない」
「えっ?なんで?具合でも悪くされたの?」
「いや、参加できない理由ができたそうだ」
「参加できない理由?何かしら?」
「正確には分からない。ウルバヌスはマギオの民の内部のことは話せないって言ってた」
「内部のこと?セシエ公の親征なのに、それにアティウスさんも来る気満々だったのに、来られなくなるような内部のことって何かしら?」
「分からない、マギオの民は自分たちのことを外に漏らすことが少ないから」
タギはそう言ったが、そこまで突き詰めて考えると結論は一つだった。
―粛清された―
もちろん、ランにはそんなことは言わなかった。言わなかったがおそらくランも分かっているだろう、口に出さないだけで。
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