第13話 ダングランの戦い 1章 王都にて 1
気配を殺し闇にひそんでいる者は、およそ一刻近くも待っていた。辛抱強く、周りの気配に一心に気を配りつつ、身じろぎもせずうずくまっていた。
― 今日も無駄足だったかもしれない ―。
監視は一刻の間と決めていた。それ以上の時間を費やすことは、長期になるとどこかに無理が出てくる。どれほど眠くても昼間は何食わぬ顔でいなければならないし、この時間に本来いるべき場所に不在であることを、悟られてもならない。
見張っているのは外城壁と中城壁の間にある大きな屋敷だった。高い塀を巡らし、その中に館に付属した背の高い塔がそびえている。外城壁と中城壁の間には広大な土地があるといっても、たくさんの館が軒を並べているところはランドベリの街中のように狭っ苦しい感じがした。城壁内に屋敷を構えることを許されている貴族達の館が並んでいるところだ。しかし今は建っている館の多くが無人だった。自分の領に引きこもったままの貴族もいたし、既に滅んでしまった貴族家もあった。
見張られている館も、無制限には広い敷地を使えない場所だったから、塀と館の間の距離は短かった。館の中にもわずかな明かりが認められるだけで、人の気配はなかった。
そろそろ今日も切り上げ時かと思ったときに、門の向こうで音がした。鍵を開ける音だった。闇にひそんでいた者はなお身を低くして門扉を見つめた。
高い塀に付けられた正面の通用門を開けて男が一人、出てきた。大きな男だった。目立たない暗色の服に身を包み、同じ色の帽子を被り、光を絞った手燭を持っていた。門を出るときに周囲を油断のない眼で一通り見回して、慎重な足運びで外に出てきた。男の後ろで扉が閉まった。扉を閉めた者がもつ槍の穂先が、邸内の明かりを反射してきらりと光った。扉を出てきた男はおぼろな明かりで足下を照らしながら、それでも通い慣れた道を行く速さで歩き始めた。
闇の中にひそんでいた者は、その木の下闇から滑り出て、男の後をつけ始めた。同じように暗色の衣服を付け、大男と違って顔まで同色の布で覆っている。顔を覆った布から切れ長の鋭い目が前をいく大男を見つめていた。さすがに城内は所々に終夜燃え続ける松明が掛けられており、その下を通るときには男は必ず周りに目を配った。男は外城壁の門に向かっていた。北に向いた正門ではなく、東の門だった。
明々と篝火を焚いた大門の前には四人の兵士が完全武装で立っていた。大男はためらいも見せず門衛に近づいて声をかけた。門衛は男を見て敬礼をし、簡単に大門に付いている通用門を開いた。
男の後を付けてきた者は、男が通用門を出て行くのを見て、城壁の下まで走った。篝火の明かりの届かないところで懐から鉤付きの綱を取り出して、くるくると回すと城壁の上を目がけて投げ上げた。二回目で城壁に引っかかった綱をするすると登った。大人の背丈の四倍はある城壁を簡単に登り切って城壁の上に身を伏せた。顔を上げて大男の背が城門の前の通りを右に曲がって行くのを確かめた。ふわっと城壁の外へ飛び降りて素早くその後を追った。かなりの早足で歩く大男に追いつくと再び後を付け始めた。真夜中の町の中を二つの影は、一つは道の真ん中を早足で、もう一つの影は暗闇を拾いながら、通り抜けた。
角を幾つも曲がって大男は町はずれに出た。市壁が黒々とそびえているのが間近に見えるところで男は一軒の家に入っていった。周囲に頑丈そうな塀を巡らせたその家は近郊の大地主の家だった。大男が門を叩いて間もおかず開かれたところを見ると、大男の訪問が予期されていたと思われた。
後を付けてきた者が隠れて様子を窺っていると、いくらもしないうちに再び門が開かれて、大男が出てきた。今度は馬に乗っている。開かれた門の中に数人の人間が動き回っているのが見えた。門を出てきた大男はそのまま馬を東に向かって走らせて町を出て行った。夜明け前でまだ閉めている市壁の門を、大男は懐から出した鑑札を見せて通り過ぎた。かなりの速度で東へと遠ざかる大男の後ろ姿を付けてきた者は鋭い目つきで見つめていた。だがすぐに市壁の門が閉められて視線が遮られた。
後を付けてきた者は馬に追いつけるほどの足はもっていなかったし、また門をくぐるための鑑札の用意もなかった。自分の役目はここまでだ。あの家を突き止めただけで十分だ。この先のことは別の仲間がやるだろう。そう見極めて、その者は引き返すことにした。大男を付け始めてからもうかなりの時間が経っている。急がないと夜明けまでに帰り着くことができない。
夜明け前の町の中を駈けぬけ、城壁を逆に越える。外城壁、中城壁を越え、内城壁を外から中へ越えた。見事に闇を拾い、一晩中見回りをしている不寝番の目にはまったく見えない動きだった。内城壁の内側に入ったときはもう空が薄明るくなっていた。
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