第12話 撤退 2章 翼獣・巨大獣 8
アティウスは苦笑した。ウルバヌスは、アティウスのようにマギオの民の中で疎外されたことがない。マギオの民の能力に疑問を持ったこともない。支配階級には生まれなかったといってもその能力でマギオの民の中で頭角を現し、それなりの地位を築いている。自分の技量に対する大きな自信も持っている。支配階級に生まれて、しかも権力争いに敗れた家に属するアティウスとは考え方が違う。
「タギとアラクノイの距離は俺たちとタギの距離より近いのかもしれないぞ。敵に回すとアラクノイや巨大獣、翼獣よりやっかいかもしれないな」
その意見にはウルバヌスも賛成だった。アラクノイに近いかどうかはともかく、敵に回してやっかいな存在というのはその通りだろう。
「アティウス様!」
アティウスとウルバヌスの会話はベイツの叫びで中断された。
「巨大獣が見えます!」
四人は小高い丘の頂上付近を走っていた。そこからは遠くまで見晴らしがきいた。四人が駆け去ってきた方向に、六、七里ほど離れているだろうか、二匹の巨大獣が見えた。そのまわりに人間達が豆粒のように見え、上空に一匹の翼獣が舞っていた。巨大獣の後ろから付いてきている荷車の列も見えた。
「アティウス様?」
あの連中をどうするつもりなのかという疑問を表情に浮かべて、ウルバヌスがアティウスを見た。このままではやつらをランディアナ王国内に誘導することになる。物資まで持ってきているということは、簡単には追跡をあきらめるつもりがないということだ。ランディアナ王国内に、ましてタギが言うように町中にあんな怪物を引き込めばどんな事態になるか、ウルバヌスは考えたくもなかった。ここで、シス・ペイロスでやつらを何とかしなければならない、しかし、どうやって?
しかしアティウスの考えていることは全く別だった。
「タギが言っていただろう?町中に引きずり込んで、犠牲を覚悟でなければやつらを倒すことはできない。どれだけの犠牲が必要か分からないからな、我々だけでは対処できない。鉄砲も大量に必要だ」
「王国内にやつらを引き込み、セシエ公を巻き込むとおっしゃるのですか?」
「そうだ。一万丁の鉄砲があれば何とかなるかもしれない。確かに町中なら、レーザー銃に狙われても隠れるところがある。五千がやられても、残りの五千が鉄砲の射程に入り込んで撃てれば、巨大獣の感覚柄をつぶせるだろうし、うまくいけばアラクノイを倒せる。」
ウルバヌスは息を呑んだ。アティウスは自己の、あるいは自分の属する一族の利益のためにランディアナ王国に惨禍をもたらし、セシエ公を巻き込むことにまったく抵抗を感じていない。巻き込むだけでなく、犠牲を強いることにも。
あんな怪物が村や町で暴れたら、どれだけの被害が出るだろう?兵士たちだけではない、戦う術を持たない女や子供、老人たちも犠牲になる。そして一般の兵士たちも、戦う術を持たないという点では女、子供と同じかもしれない。剣や弓では歯が立たないからだ。鉄砲でさえ、射程内に入らなければ役に立たない。町中で、犠牲を覚悟で射程内に入って、とタギは言ったが、本当に犠牲を覚悟すれば射程内に入れるのだろうか?町中なら野戦よりその可能性は高いかも知れないが、これまで経験したことのない戦になるだろう。
アティウス様は一万のうち、五千を犠牲にすれば、と言った。だが本当に五千ですむのだろうか?一万というのはセシエ公のもつ鉄砲のすべてだ。そのすべてを動員して、しかもその半数を犠牲にして、それでも確実に倒せるとは限らない。
五千、とウルバヌスは思った。マギオの民の全員に匹敵する数だ。アティウスはそれだけの数の犠牲を最初から考えている。自分にはとても出来ない。
「セシエ公にとっても、あんな連中は邪魔な筈だぞ、ランディアナ王国を統一しても川向こうにあんな怪物がいるのでは尻が落ち着かないだろう」
アティウスの言葉はウルバヌスには不遜に聞こえた。とくにセシエ公の気性とやり方を知っているウルバヌスにはそのまま聞き逃すことができなかった。
「アティウス様、セシエ公を利用していると決して気づかれてはなりません!セシエ公は例え自分の目的と合致しているからといって、他人に利用されることを許される方ではありません。そんなことがセシエ公に分かったらマギオの民は潰されてしまいます!」
ウルバヌスの声は最後には悲鳴に近くなった。アティウスの思いどおりに事態が進んで、それがセシエ公に知られたら、決して許されないだろう。どれほどセシエ公にとってマギオの民の利用価値が高かろうと、セシエ公は斟酌しないだろう。ウルバヌスにはそれがよくわかっていた。
しかし、そもそもどういう手段でセシエ公に軍を、そのすべての鉄砲を持たせて、出動させるようにもって行くのだろう。
アティウスがぎらっと目を光らせた。ウルバヌスが思わず口をつぐんだほど、それは酷薄な表情だった。分かり切ったことを言うな、とその表情は告げていた。権力の意味と、使い方を熟知している表情だった。
やはりこの方は、ハニバリウスの一員なのだ、ウルバヌスは思い知らされた。人を支配し、人に命令し、その命や財産を自分たちのために費消することに何のためらいも感じない、支配者の一族なのだ。どれほど上り詰めても、所詮は被支配者に生まれた自分とは違うのだ。
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