第2話 マギオの民 2章 ネッセラルの見える丘で 1

 その二日後、アティウスは『山海屋』へ現れた。今度はシレーヌを連れていた。二人とも馬に乗り、シレーヌは空の馬も引いていた。二人連れだったのはシレーヌがアティウスの単独行動を承知しなかったからだ。ディディアヌスの右手は次の日には動くようになった。アティウスがタギに会いに行くと言うと一緒に行くことを嫌がった。他にはディディアヌスほど護衛として頼りになる人間がいないため、仕方なくシレーヌが付いていくことになった。

 アティウスは帳場に取り次ぎを頼んでタギを呼び出した。タギはすぐに階段を下りてきた。腰にナイフを差しただけといういつもの格好だった。


「少々おつきあい願えますか?」


 アティウスが引いてきた馬を指して言った。タギは唇をとがらせてかすれた口笛を吹いた。


「これはまた見事な馬だが、どこへ行くのだ?」

「雪ももう消えかけていますので、町の外など遠乗りに行きたいと思ってますが」


 何の意図があるのか分からなかった。しかしアティウスがマギオの民であり、マギオの民がどういう存在かを知っているなら無視することはできなかった。


「いいだろう、つきあおう」


 アティウスは見事な乗馬の腕を見せ、タギを先導した。乗馬用の服を着て剣を吊っているシレーヌも上手な乗り手だった。ネッセラルを出てファビア街道を東に向かい、途中で左に折れて、遠くにネッセラルを見下ろせる小高い丘まで来て、アティウスは馬を止めた。


「見事な腕だな二人とも。ついてくるのがやっとだ」

「タギ殿もこれほど上手に馬に乗られるとは思わなかった」


 アティウスは馬から下りると小さな折りたたみの椅子を出して、座った。タギも馬を下りた。シレーヌがタギに同じ椅子を渡して、三頭の馬を引いて後ろへ下がった。適当な木を見つけて馬をつないで戻ってきた。タギは椅子に座ったがシレーヌは一歩下がって立っていた。アティウスが町を指さしながら話し始めた。


「この丘からネッセラルの全体が見えます。ネッセラルを攻めるなら絶対に確保しておくべき丘でしょう。逆に言うとネッセラルから見れば放置しておいてはいけない丘のはずです。なのにネッセラルの当局は何もしていない」


 タギは黙って聞いていた。いきなりこんなことを言い始めたアティウスの真意が分からなかったからだ。タギの様子に頓着せずアティウスが続けた。


「ネッセラルはまだ他人事だと思っているのですよ。セシエ公の攻勢を。だからこんなにのんびりしている。私がネセロ子爵だったら不安で仕方がないところですがね」

「だがセシエ公とネッセラルの間にはまだ大物だけでもカーナヴォン侯爵とヴァドマリウス伯爵がいる。セシエ公といえど、そうそう簡単にネッセラルまでは到達できまい。特にカーナヴォン侯爵は強敵だぞ」

「そうですね。・・・・ところでセシエ公の次の獲物はなんだと思います?」

「次の獲物?カーナヴォン侯爵とぶつかるのではないのか?」

「もうすぐ雪が融けます。そうすれば公の軍が南カンディア街道を北上するでしょう」

「何?」

「公が次にねらうのはニアです」

「まさか!」

「そのまさかです」

「アルヴォンを獲ってどうしようというんだ?何もない土地だぞ」

「アルヴォン全体ではなく、ニアを狙っているのです」

「ニアを?なぜ?」

「セシエ公はランディアナ王国の真ん中を押さえました。東と西にまだ敵対する勢力がありますが、個別に撃破していけばいい。しかし両方から同時に攻撃されるとうるさい。だから東西の情報交換を遮断したい。グルザール平原は公の土地を通らずに行き来することはできない。だがニア街道がある。ニアを押さえればニア街道を遮断できる。そういうことです」


 タギはうなった。確かにそのとおりだ。だがこの地でそんな目的で大軍をアルヴォンに向かわせる人間がいるとは思わなかった。この世界のいくさはおおむね力任せで、情報の重要さが十分には認識されていないとタギは考えていた。いつ戦を始めるか、どこを戦場にするかなど、いまだに神託や占いで決めている貴族もいるくらいだ。だからこそ、情報収集の専門家でもあるマギオの民を上手く使う貴族や騎士が戦いで優位を占めるのだ。


「どれくらいの軍がニアを攻撃するのだ?」

「セシエ公は一万を考えています」

「一万!」


 ニアの人口と同じではないか。アルヴォン全体から戦える人間を総動員しても一万に届くだろうか?

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