第2話 マギオの民 2章 ネッセラルの見える丘で 2
「アティウス殿、いくつか質問がある。なぜそんなことを知っている?それからなぜそれを私に教える?」
「最初の答えなら、私がマギオの民だからです」
「なるほど、セシエ公の陣営に雇われている民がいるという訳か。だがそれならそんなことを私に漏らすのは契約違反にならないか?」
アティウスは曖昧に笑った。マギオの民はその特技を買われて、領主達に雇われる。雇われるにあたっての契約は遵守することで定評があった。その代わり、契約が切れたとたんにそれまで戦っていた相手に雇われることも普通だった。マギオの民の特技とは、情報の収集、後方の攪乱、補給物資の略奪、
「二つ目の答えは、タギ殿がアルヴォン飛脚だからです」
「つながりがよく分からないが、なぜ私がアルヴォン飛脚だと知った?」
「情報の収集は我々の性癖です。だからあの夜以降、主にはコンドスであなたのことを聞いて回ったのですよ。ところがあなたの本当の名前も分からないと言う。分かったのは冬ごもりと称してネッセラルかレリアンで冬の間はじっとしているらしいこと、何かを運ぶ仕事をしているらしいことぐらいでした。でもこのことからあなたがアルヴォン飛脚であることは想像できます」
「それは確かにそうだな」
「だからセシエ公がニアを抑えて、ニア街道を遮断すればあなたの商売が成り立たなくなる。それでお教えした訳です」
「だからなぜそんな親切なことをしてくれるのだ?それが分からない」
「私の気まぐれです」
「気まぐれ?およそマギオの民には似合わない言葉だな」
「私ははぐれものですから。それにこの情報を聞いてタギ殿がどうするか、それに興味がある」
「で、私のやることをじっと見ているのか?それとも味方をしてくれるのか?いいや敵に回るのかも知れないな」
「私も決めかねているのですよ」
「嘘だな。アティウス殿がマギオの民のはぐれものであっても、民そのものを裏切るはずがない。全体の方針には必ず従う。それがマギオの民だろう」
タギは触手を伸ばして、周囲を探った。この場所を選んだのはアティウスだ、どんな罠をしかけているか分からない。こんなことを平気で喋るのはすぐにタギの口をふさぐつもりがあるからかも知れない。アティウスもタギのしていることに気づいた。タギとアティウスの間の空気が冷たく、堅くなった。しかしタギの可知範囲にはなにもなかった。後ろに控えているシレーヌにもおかしな気配はなかった。
「教えてくれたことには礼を言う。アティウス殿がどんなつもりであったにしても、私にとっては貴重な情報だ」
「お役に立てて嬉しいですよ」
タギは立ち上がった。椅子をたたんでシレーヌに返した。
「私の冬ごもりも終わりのようだ。他に話があるのかな?なければ私は町へ帰る」
「話はこれだけです」
タギは坂を下り始めた。後ろからアティウスの声が追いかけた。
「馬はそちらではありませんよ」
「冬の間に身体がなまってしまったからな、歩いて帰る」
タギが坂を下りて、十分に遠ざかるまで、アティウスとシレーヌは黙って見送っていた。もう絶対に聞こえないと確信できる距離があくと、小声で話し出した。
「アティウス様、よろしいのですか?あんな話をして」
「嘘は言ってないぞ」
「だからです。謀略のためにあれに話をされるのかと思っていました。ですが何の細工もしていらっしゃらない」
「細工をしなければ謀略にならないということはないぞ。この場合は事実をそのままあいつに話せば、あいつは動き始める」
「あれはアルヴォンの
「あいつの体術だ」
「はっ?」
「やつが見せた体術は、俺にナイフを突きつけたときも、ディディアヌスの剣をたたき落としたときも、あれはむしろ我々の方に近い技だ。あんな技を使う集団がマギオの民の他にいるとは聞いたことがない。だから確かめる必要がある。あいつだけなのか、他にもいるのか」
アティウスいったん言葉を切って、それからにやっと笑って付け加えた。
「それにあいつなら相手になって退屈せずに済みそうだ」
アティウスは立ち上がって馬がつないである木の方へ向かった。シレーヌも続いた。手綱をほどいて騎乗する前にもう一度ネッセラルの方を振り向いた。平野部の雪はほとんど消えている。北に見えるアルヴォン大山塊の西峰の雪も少なくなっている。冬ももう終わりだった。冬の終わりとともに季節的な休戦状態も終わりを告げる。セシエ公もまた忙しく立ち回り始めるだろう。そしてタギはアティウスの今までの退屈を吹き飛ばしてくれるかも知れない。ニア攻略の軍に加えられる様に工作してみよう。手綱を引いて向きを変え、アティウスとシレーヌは丘を降り始めた。
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